2023年12月11日 公開
2024年12月16日 更新
2011年の創業以来、注目を集め続けているNPO法人クロスフィールズ。当初は企業に勤めるビジネスパーソンと新興国をつなぎ、現地で社会課題の解決に取り組む体験を提供する「留職プログラム」を推進して話題を呼んだが、それから12年を経た現在、時代の変化に合わせてより多角的に事業を展開している。同NPO法人の代表理事を務める小沼大地さんに、クロスフィールズの現在地と今後などについて話を聞いた。
聞き手:Voice編集部(田口佳歩)
※本稿は『Voice』(2024年1月号)より編集したものです。
――小沼さんは現在、多くのビジネスパーソンが自分の所属する企業や組織の枠を越えて働いたり学んだりする「越境」を経験するべきだと提唱されています。なぜ「越境」が重要なのでしょうか。
【小沼】これだけ社会が急速に変化する時代では、一つの組織のなかの価値観だけで物事を判断することには限界があります。もしも自分が勤める会社のなかに閉じこもっていれば、世の中の変化を敏感に感じ取ってクリエイティビティを発揮することは難しいし、ビジネスの方向性を誤るリスクはきわめて高いでしょう。
かつての日本企業では、同じ内容の仕事を規格化してやり続けることで効率性を高め、経済を成長させたと言われます。しかし、いまの時代に求められるのはそうした「お家芸」ではなく、一人ひとりがなるべく外の世界に触れて、互いに刺激を与え合って新しい事業などを始めることです。だからこそ、組織の垣根を越える「越境経験」が重要になるのです。
――クロスフィールズは当初、留職プログラムが注目を集めましたが、その後、フィールドスタディなど、国内外の社会課題の現場を短期間で訪問する「越境」へと事業を拡大されました。いまお話しいただいた問題意識の表れでしょうか。
【小沼】12年前の創業当時は、「越境が大事」と話しても、企業の担当者にはなかなかご理解いただけませんでした。そこでまずは、新興国へと社員を派遣することでグローバル人材を育てることを目的として、留職プログラムを展開したのです。
流れが変わったと感じるのは2015年ごろで、入山章栄先生(早稲田大学教授)が提唱する「両利きの経営」やオープンイノベーションへの理解が日本でも進み、国連ではSDGsが採択されました。これらの動きに後押しされるかたちで、社会課題の現場に越境することの価値そのものに、企業から注目してもらえるようになったのです。
――越境経験を積むのは、やはり若いビジネスパーソンが中心でしょうか。
【小沼】以前はやはり、「若者こそ外に行くべき」という風潮がありましたね。でも最近は、どの企業でも若手社員の離職率が上昇していて、越境経験のある人材を外部から採用する考え方も一般的になりつつある。
そこで問われるのは、若手をはじめとした越境経験のある人材をマネジメントする管理職層の意識です。その結果、最近では管理職層自身が越境して視野を広げるべきという流れが生まれていて、われわれも管理職向けの短期の越境をフィールドスタディというかたち提供するようになりました。
――越境を経験した人びとからは、具体的にどんな反応がありますか。
【小沼】以前、ある大企業の社長に面白い取り組みだと感じていただき、その会社の役員約10名と若手社員数名に、東日本大震災の被災地を訪問するフィールドスタディに参加していただきました。
それ以降、役員に就任したら一度は参加する必修研修として活用していただいていますが、同社の取り組みはそれに留まらず、社会課題の解決に力を入れるべく財団をつくり、プログラムに参加したメンバーを中心に活動していると聞いています。
管理者が越境経験をすると即座に組織的な変化が生まれやすく、いま紹介したのはその典型例でしょう。もちろん、若手がさまざまな現場で経験を積み、やがて自社のリソースを使って社会課題の解決に乗り出す動きもあります。
このように、プログラムへの参加がきっかけで変化が生まれる様子を見たり聞いたりすると、われわれとしても大きな手ごたえを感じますね。
――最近では、社会問題の解決に積極的な企業やスタートアップが増えています。そのなかで、NPOとして活動するうえで意識することは何でしょうか。
【小沼】おっしゃるとおり、いまではNPOのみならず多くの企業が社会課題の解決をめざして活動しています。ただし、本当に大事なことは、そもそも課題が生まれにくい社会をつくることのはずです。人と人のつながりが豊かな社会が築ければ、住民同士の相互扶助によって課題は未然に防ぐこともできるのです。
たとえば、ゲートボール同好会などの地域のコミュニティが機能していれば、独り身のシニアの方が人知れず体調を崩したとしても周囲が気付くことができるかもしれません。
すでに起きてしまった問題を解決するうえでは、多くの人とお金を動かすことができる株式会社が非常に強いドライブになります。
他方で、問題が起きる前に、皆で協力し合って未然に防ぐ仕組みをつくることは、往々にして経済的な価値が生じない活動になりますから株式会社の手は伸びにくい。そこで活躍できるのが、われわれNPOではないでしょうか。
現段階で多く方がNPOに対して抱くイメージは、社会課題解決の専門家でしょう。でも私は、NPOの本質的な価値は「人々が互いに助け合う仕組み」をつくることにあると思っています。NPO経営者の一人として、そうした本質的な価値を追い求め続けたいと思います。
――「社会課題の現場への越境経験」を提供する事業は、今後はどのような展開を考えていますか。
【小沼】越境経験の必要性は徐々に認識され始めていますが、現在は経済的な理由もあって局地的にしか広がっていないのが実情です。今後は中小企業の人材などにも越境の機会を提供したいです。
また、昨今の風潮として、シニア層には越境よりもリスキリングが推奨されている。その意義は否定しませんが、彼ら彼女らにとってスキルを身につけるよりも大切なことは、外の世界に触れて、マインドセットを変えることではないでしょうか。
われわれはいま新しいプロジェクトにも多数取り組んでいて、たとえばVRを使って一度に数千人が社会課題の現場に越境できるシステムをつくったり、中高生に向けた無償のプログラムを提供したりしています。
大切なことは、あくまで自分が所属する企業や組織の枠を越えて気づきを得ること。今後はより多くの方々に社会課題の現場に越境する機会を提供していきたいです。
――言うなれば、越境経験の「裾野」を広げる取り組みですね。
【小沼】越境というと新興国の現場に行くことなどが連想されがちですが、私の考えでは、これまで参加してこなかったPTAや町内会の活動に参加することだって立派な越境活動です。ある意味では居心地の悪い場所にあえて足を踏み入れて、そこで何かに気づいたり承認されたりといった経験をする。
日本人はとくに同じ価値観を共有しがちですから、いまいる組織とは異なる物差しや評価軸があるのだと知ることができる「越境」は、自分たちの視野を広げるうえでも、とても大事な経験であることは間違いありません。
――違う物差しで物を見ることの大切さは、ビジネスの場面に限った話ではありませんね。
【小沼】そのとおりです。たとえば、管理職が早いうちから越境の価値に気づいていれば、さらに上のレイヤーのマネジメント層に就いたとき、その組織はより良いかたちで経営されるはずです。
そしてそれにとどまらず、彼ら彼女らはリタイアして以降、より柔軟で豊かな人生を送ることができるでしょう。
所属組織とは違う物差しがあれば、さまざまな他者と関わることへの抵抗がなくなるし、ひいては、現在の日本社会の大きな課題である「孤独」を減らし、相互扶助の働きが強い社会にもつながるはず。その「土台」をつくるのが越境経験だと信じて、これからも活動していきたいと考えています。
更新:12月22日 00:05