トランプ氏はかつて、「安倍元首相は私の友人であり、同盟相手で、素晴らしい愛国者だった」(2022年7月8日)とSNSに投稿した。トランプ氏との外交に成功した安倍晋三元首相が亡くなった今、日本の政治家がとるべきトランプ流外交への対応策とは? 書籍『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』より紹介する。
※本稿は、宮家邦彦著『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)から一部を抜粋・編集したものです。
良い話と悪い話がある。バッドニュースは、もう日本に「安倍晋三」というトランプの尊敬を勝ち得た天才的「じゃじゃ馬馴らし」政治家はいないという現実だ。
たしかに、トランプ氏の大統領就任前にトランプタワーまで会いに行ったことは「外交的」でない。だが、そもそも、トランプ氏が「外交的」ではないのだから、結果的には正しい判断だったと思う。
それでは安倍晋三氏以外にトランプ氏と五分で「渡り合える」政治家が日本にいるのか、と問われれば、つい最近までは「数人しか思いつかないが、実名は勘弁してほしい」と答えていた。トランプ氏は、欧米の百戦錬磨の政治家が軒並み「討ち死に」した相手であり、かつ、プーチン氏、習近平氏といった独裁者のほうに親近感や敬意を持つような「政治家」らしくない政治家だからだ。
ところが筆者は、いまは考えを変えつつある。トランプ氏に対処する方法は、究極的に「いじめっ子」をどう扱うか、という問題に帰結すると思い始めたからだ。
トランプ氏と「いじめ」がどう関連するかって? 実際に、そう提唱している政治家がいる。オーストラリアのマルコム・ターンブル元首相がその人だ。
ターンブル氏は2024年5月31日の『フォーリン・アフェアーズ』誌に「世界はトランプにいかに対処できるか:『アメリカ第一主義』復活の可能性に直面する指導者へのアドバイス」と題する小論を寄稿している。この内容を読めば、若干気は滅入るが、わずかに希望の光が見えてくると思うのだ。同元首相の以下の論点をどうか熟読してほしい。
•多くの指導者は、どう媚びれば彼(トランプ氏)の怒りを避けられるかで頭を悩ませているが、その柔軟なアプローチは間違った戦略であるばかりか、米国が最も必要としないものだ。
•大統領執務室であれ、遊び場であれ、いじめっ子に屈することはさらなるいじめを助長する。
•米国の緊密な同盟国の指導者たちは、トランプ氏に対し、ぶっきらぼうだが敬意に満ちた率直さで話す機会と責任がある。
•トランプ氏は他の首脳の強さや率直さを好まないかもしれないが、怒りが収まったあとは、そのことを尊敬している。
•自分の立場に立ち、主張し、引き下がらないことで、私は彼の尊敬を勝ち取った。
•トランプ氏のような人びとから尊敬を勝ち取る唯一の方法は、彼らに立ち向かうことだ。ただし、その反抗には大きなリスクが伴う。
•私のことを「タフな交渉者」だと、彼は妻のメラニア・トランプに言った。「あなたのようにね、ドナルド」と彼女は答えた。
•トランプ氏は唯一の意思決定者だった。彼はディールメーカーであり、その場で、その場で、あくまでその場でディールを行ないたかったのだ。
•一方、説得が可能であれば、軌道修正が得策だろう。ただし、そのために外国の指導者はトランプ氏の尊敬を勝ち得、強力な説得をしなければならない。
• 私はトランプ氏に手紙に書き、マット・ポッティンジャー氏がそれを読んでくれた。彼はそれに耳を傾け、そうすることが自分の利益になると説得されたため、考えを変えた。
•いじめっ子のように、トランプ氏も他人を従わせることが無理なときは取引をしようとする。しかし、取引をする段階に至るには、まずいじめに立ち向かわなければならない。外国の指導者たちは、トランプ氏と直接取引し、なぜ自分たちの提案が彼にとって良い取引なのかを説得する必要がある。
•トランプ氏の質問はつねに、「自分になんの得があるのか?」である。彼の計算は政治的であり商業的でもあるが、非常に焦点が絞られている。
•友好国、同盟国の指導者は、トランプ氏に正直に話せる数少ない一人である。トランプ氏は彼らを怒鳴りつけ、困らせ、脅すことさえできるが、彼らを解雇することはできない。
•外国の指導者の人格、勇気、そして率直さこそが、第二期トランプ政権で、彼らが米国に提供できる最も重要な助けとなるかもしれない。
要するに、トランプ氏は「いじめっ子」であり、「いじめ」に対処する方法はただ一つ、「勇気をもって立ち向かい、率直に話し、本人の利益になることを伝え、繰り返し強く説得する」しかない。「いじめっ子」に媚びても、屈しても、「いじめ」を助長するだけ、ということである。「目から鱗」とはまさにこのことだろう。
この小論を熟読して、「安倍晋三」的手法以外にも、トランプ攻略法はあるのだと筆者は確信した。ただし、それには相当の厚顔無恥というか、精神的タフさが求められる。普通の人間であればPTSDになるかもしれない。
しかし、そこは職業政治家の出番。ターンブル元首相ですら、最初は驚いて不愉快になったそうだから、頑張るしかないのである。
更新:11月21日 00:05