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円安と物価高は“利上げ”で対処できるか...日銀は異次元緩和の「出口」に向けた準備を

2022年10月22日 公開
2022年10月24日 更新

中里透(上智大学経済学部准教授)

 

円安とYCCと為替介入

現行の金融政策の枠組みについては、マイナス金利の弊害が長らく論じられてきたが、マイナス金利の影響を緩和する措置がとられてきたこともあって、その懸念は和らぎつつある。

それにかわって今年の6月から7月にかけて大きな注目を集めたのは、長期金利をゼロ%程度で推移させるというコミットメントである。

この話のきっかけとなったのは、今年の3月から始まった米国の利上げだ。政策金利の引き上げに歩調を合わせるかたちで米国債の利回りが上昇し、それにつれて日本の長期金利にも上昇圧力が生じたことから、今年の4月以降、長期金利は現在の金融政策の運営枠組み、すなわちイールドカーブ・コントロールのもとでの上限(0.25%)に張り付いて推移することがしばしばみられるようになった。

こうしたもとで金利のさらなる上昇を抑えようとすれば、日銀が特定のレートで「無制限に」国債を買い入れる措置が必要となるが、このような対応は、市場に出回る円資金(日銀当座預金)をさらに増やす方向に働いてしまう。

これは、固定相場制のもとで為替を特定のレート(たとえば1ドル=360円)で維持しようとすると、為替平衡操作(いわゆる為替介入)によって円売りドル買いが必要になり、この結果、市場に円資金が放出されるということの類推で考えるとわかりやすい。

このような対応は、円安傾向を強める方向に作用するとともに、これまで行なってきたステルステーパリングの動きを逆回転させてしまうことにつながる。実際、日銀が保有する長期国債の残高は、今年の4月以降、明確な増加に転じている。

 

異次元緩和の「出口」に向けて

物価の基調が十分に強いとはいえない現在の状況のもとでは、金融政策の枠組みを大きく変更する環境にはないが、異次元緩和の「出口」に向けた調整をどのように進めていくかということについては、いまから考えておく必要がある。

金融政策の「出口」の出方について過去の例を振り返ると、2000年代の量的緩和については、まず量的緩和を解除してゼロ金利政策に移行したうえで(2006年3月)、ゼロ金利を解除し(同年7月)、プラスの政策金利のもとでの通常の金融調節に戻るという経過をたどった。これは利上げを行なうための前提として超過準備の縮減が必要であり、そのために一定の時間の確保を要したためだ。

これに対し、日銀当座預金に付利がなされている現行の金融政策の枠組みのもとでは、付利の水準を引き上げれば、それにつれてコール市場などの金利がプラス圏で推移するようになるから、超過準備があるもとでも利上げが可能となる。したがって、金利の調整と資金量の調整はひとまず分けて取り扱うことができる。

このうち金利の調整についてまず考えるべきことは、長期金利の変動幅の拡大である。「ゼロ%程度」で推移させることとなっている長期金利について、現在は▲0.25%~0.25%のレンジが設定されているが、米国の利上げなどの影響で長期金利に上昇圧力が生じるなか、イールドカーブに歪みが生じるとともに、市場に必要以上の資金が供給される状況がみられる。

変動幅の拡大を利上げととらえる向きもあるが、「ゼロ%程度」の具体的なレンジについてはこれまでも±0.1%から±0.2%へ(2018年7月)、±0.2%から±0.25%へ(2021年3月)と変動幅の拡大が行なわれてきたわけであり、0.25%という上限にこだわることには十分な合理性がない。この点についてはより柔軟な対応が求められる。

長短金利操作の短期の部分、すなわちマイナス金利政策についても見直しの検討を始めるべき時期を迎えている。マイナス金利の導入が決定された時点(2016年1月)ではデフレへの逆戻りと円高の進行が現実の大きな懸念材料となっていたが、その状況は大きく変化したからだ。そもそもマイナス金利政策は金融緩和措置ではなく、「銀行税」という性格を有するものであることにも留意が必要である。

金利の調整と資金量の調整を分けて行なえる現在の枠組みのもとでは、量的緩和の縮減については自然体で行なっていけばよいことになる。

異次元緩和はすでに9年半に及ぶため、スタート時点で買い入れた国債は大量に償還される時期を迎えている。したがって、「期落ち」を利用して調整を行なうとともに、新たに買い入れる国債の年限を短期化させていけば、量的緩和の縮小が可能となる。

このことは日銀当座預金に対するプラスの付利を通じて利上げを行なうことが必要になった局面において、付利のコストを低減させることにも資することになる。

質的緩和、すなわちETF(上場投資信託)とJ-REIT(不動産投資信託9の買い入れについては、「期落ち」を通じて縮減を図ることができないという点でやっかいな面があるが、GPIFに有償で譲渡することなどが対応策の候補となるだろう(この点の詳細についてはPHP総研から公表された提言報告書『コロナ後の財政金融政策のロードマップ― 「新しいアコード」でマクロ経済運営の舵取りを―』https://thinktank.php.co.jp/policy/7691/をご参照ください)。

「物価高」への対応については、金融引き締めの方向への政策転換を求める声も少なくないが、物価の基調になお弱さの残る現状を踏まえると、一方向に振れない慎重な対応が求められる。

 

【著者紹介】中里透(なかざと・とおる)
1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て現在、上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向や地方銀行の再編などについて分析を行なっている。最近の論文に「経済財政運営の基本戦略」(福田慎一編『コロナ時代の日本経済』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

 

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