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円安と物価高は“利上げ”で対処できるか...日銀は異次元緩和の「出口」に向けた準備を

2022年10月22日 公開
2022年10月24日 更新

中里透(上智大学経済学部准教授)

 

「9割経済」を脱し切れない日本

物価の基調が弱いままにとどまっていることの背景には、景気回復の動きが極めて緩慢で、生産や消費の水準がいまだにコロナ前の水準まで回復していないという現実がある。

ここで留意が必要なのは、日本の場合には新型コロナの感染拡大前に消費増税による景気の下押しがあり、そこにコロナ禍の影響が加わったということだ。

このため、コロナ前の通常の経済活動の水準への復帰は消費増税前の水準への復帰を意味することになるが、この点から最近時点の経済活動の状況をながめると、鉱工業生産はコロナ前より7%程度低い水準、家計消費は5%程度低い水準にとどまっている。

こうしたもとで需要不足がなお残り、最近時点における経済の動きは、コロナ禍のもとで生じた「9割経済」の状況を脱し切れていないということになる。

こうしたなかにあっても雇用の改善はみられるが、名目賃金の伸びは物価の上昇に追いつかず、実質賃金は前年同月比マイナスの状況が続いている。

こうしたもとでは家計消費の大幅な増加は期待できず、物価の全般的な押し上げにつながるような景気の力強い回復は見込みにくい。

コストプッシュの物価上昇が景気の下押しにつながることについては、円安と消費増税の影響で消費者物価指数の上昇率が3%を上回って推移し、消費の落ち込みを起点に景気の停滞が生じた2014年春以降の局面を想起すれば、容易に理解されよう。

このように経済に弱さが残る現状にあって、物価をめぐる動きは「資源高と円安を起点に値上がりの続く食料品・ガソリン・光熱費(電気代、ガス代)」と「総じて緩やかにしか上昇しないその他の商品・サービス」の併存という状況が続いていくこととなるだろう。

 

「体感物価」と「物価の基調」の乖離

このところやや落ち着いてきたが、今年の春から夏にかけては、「日銀が金融緩和を続けて円安を放置するのはおかしい」「物価高で生活が苦しくなったのは日銀のせい」という批判の声が数多くみられた。

ドル高が進んでいる米国でも食品やガソリンの大幅な値上がりが生じていることからわかるように、物価高の相当程度は世界的な資源価格の高騰によるものであるが、食品やガソリンなどの値上がりは家計に大きな負担をもたらすから、円安の進行を助長しているようにみえる日銀の金融政策に批判の矛先が向かうことは避けがたい。

とりわけ、最近時点における円安の動きは急速であり、内外金利差の拡大から円安がさらに進むのではないかとの懸念もみられる。

もっとも、このような声に押されて金融政策を引き締めの方向で見直すことには、大きなリスクが伴う。

米国の利上げに合わせて日銀が利上げをすれば、円安傾向は緩和されるかもしれないが、利上げによって国内の景気は下押しされ、場合によっては景気が腰折れしてしまうおそれがあるからだ。

 

水面下で進められていた「出口戦略」

景気回復が遅れ、需要不足のもとで物価の基調になお弱さが残ることを踏まえると、金融政策のスタンスを大幅に見直すべき環境にはないが、現行の金融政策の運営枠組み、すなわち長短金利操作付き量的・質的金融緩和には、最近やや負荷がかかっている。

このことが端的に表れたのが、今年の6月に長期金利をめぐって展開された日銀とヘッジファンドのあいだの攻防だ。

ここで現時点における金融政策の運営枠組みについて概観すると、イールドカーブ・コントロール(YCC)とも呼ばれるこの政策では、日銀当座預金の残高の一部(政策金利残高)に対するマイナスの付利を通じて短期金融市場の金利をマイナス圏で推移させるとともに、長期金利(10年物国債利回り)ゼロ%程度で推移させることにより、幅広い年限の金利の低下を促す措置がとられている。

イールドカーブを一本の紐に喩えると、この紐の左端と中ほどのところを2本のピン(日銀当座預金に対するマイナスの付利と10年物国債利回りの変動幅の指定)で留めることで、この紐全体のかたちを整えようというのがこの枠組みの基本ということになる。

このように書くと、「異次元緩和」は国債の買い入れなどを通じて市場に大量の資金を供給する量的緩和の枠組みなのではないか、という疑問がわくかもしれない。

だが、2016年9月に長短金利操作付き量的・質的金融緩和が導入されて以降、異次元緩和は「量的緩和」という名称を残しつつも、「量」ではなく「金利」を調節することで金融政策を運営する枠組みへと転換している。

こうしたもとで、国債の保有残高を年間約80兆円のペースで増加させるとしてきたコミットメント(約束)は次第にあいまいになり、今年の春先には国債保有残高の増加分(前年同月との差額)が10兆円台前半にまで減少していた。

これは金融政策が十分に緩和的なものとなっていないと批判された白川方明日銀総裁(当時)のもとでの国債買い入れの状況とほぼ同じ水準である。

昨年秋以降、米国の金融政策についてテーパリング(資産買い入れ額の圧縮)が話題になってきたが、日銀はそれに先立つ2016年秋から、じつはこっそりとテーパリングを行なってきたことになる。

「日銀は際限なく国債の買い入れを行なって、市場に資金を溢れさせている」というかつての異次元緩和のイメージで現在の金融政策のことを論じると、実際の政策運営とのあいだにややギャップが生じてしまうところがあるかもしれない。

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