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「思い」の詰まった富士宮市の「フードバレー構想」

2012年04月09日 公開
2023年09月15日 更新

茂原純(政策シンクタンクPHP総研地域経営研究センターコンサルタント)

 ご当地グルメの祭典「B1グランプリ」でおなじみの「富士宮やきそば」が、4月13日から15日に米・シアトルで開かれる桜祭へ進出する。市内では食品関連6社が入る産業観光型の「あさぎりフードパーク」が4月1日にオープンしたばかり。静岡県富士宮市では、市民・業者・行政が一体となった、こうした食を活かした様々なまちづくりの取り組みが展開され、成功をおさめている。そのまちづくりの背景にあるのが、「フードバレー構想」という地域ビジョンである。

  「フードバレー構想」は小室直義・前市長が考案したもので、米・シリコンバレーになぞらえ、富士宮市の豊かな食資源を活かした「食の集積地」をつくろうという構想である。市長就任以前から、市内の企業や商店、農漁業関係者など、様々な現場の人々の話を聞きながら、あたためてきた構想であり、市長マニフェストにも盛り込んだ。

 最初は市民には受け入れてもらえなかったが、1年間、市民と職員で勉強会を重ね、構想を具体化させていった。一般に自治体のビジョンというと総合計画だが、職員とは共有されていないケースが多い。しかし、この「フードバレー構想」は当時の小室市長が、市長選落選後の浪人時代も含め、地域の人々の話しを聞きながら自身で練り上げた構想であり、人一倍実現への思いが強い。

 思いが強いと、ビジョンを浸透させようと、職員をはじめ、地域の様々な人々に繰り返し伝えようという気になるし、1度発表して終わりということにはならない。当たり前のことだが、思いがないと、何度も繰り返し伝えようとしないので、共有されるには至らない。また、やる気も伝わらないので周りの人間もついてこない。小室氏は業者などに働きかけて、一度否定されても決してひるまずに構想の実現に取り組んでいった。

 さらに、思いが強く、情報アンテナを張っていると、人や情報やモノなどに接しても、「これは活かせるのではないか」、とビジョン実現につなげる発想がどんどん沸いてくる。例えば、小室氏は『幸福の食卓』という映画を観て映像の力に圧倒され、フードバレーが目指す世界をストーリーにして映画で伝えていく方法を思い立つ。また、チーズソムリエの久保田敬子氏と知り合ったことがきっかけで、「富士宮チーズ村構想」を描いた。

 また、思いがあれば、知恵も出てくる。「私がフードバレー構想のなかで行ってきた数々の取り組みは、いずれも『知恵と工夫』によって生まれたもので、ほとんど資金を使わずにやってきた」と小室氏は自身の著書『地方の幸せ-富士宮フードバレー物語』の中で語る。例えば、2001年から2009年までに「富士宮やきそば」が地域へ及ぼした経済波及効果は439億円にのぼるとされるが、このために投じた行政予算はゼロである。思いがあれば、予算がないとぼやく前に、知恵が出てくることは想像に難くない。

 ところで、こうした思いをもって取り組む人間が、首長一人ではなく、職員の中にも、さらには市内の生産者や市民の中にも増えていったら、地域はどうなるだろうか。職員、業者や市民、それぞれの立場でできることを自発的にどんどん提案して実行していき、ビジョンの方向にそって、まちづくりの力強い流れができてくるのではないだろうか。そして、これこそがビジョンにもとづく自治体経営のあるべき姿であり、地域経営を推進していく上で、このような形でビジョンを機能させていくべきなのである。富士宮市が進める「フードバレー構想」は、ビジョンと思いの重要性を端的に示している。

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