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新湯治文化と温泉療養保健制度

2012年04月06日 公開
2023年09月15日 更新

寺田昭一(政策シンクタンクPHP総研シニア・コンサルタント)

大分県に竹田市という人口2万5千人余りのまちがある。瀧廉太郎の「荒城の月」のモチーフとなった岡城と400年の歴史を持つ城下町、日本一の炭酸泉で有名な長湯温泉、明治時代に外国人によって開かれたリゾート・くじゅう高原をもつ、自然豊かなまちである。

「坂の上の雲」の登場人物の一人・海軍中佐の廣瀬武夫や、「犬のおまわりさん」を作詞した佐藤義美もこのまちの出身で、市街地には、記念館もある。

このまちでは、今、「温泉療養保健システム」という斬新な試みをスタートさせて、全国の温泉関係者をはじめ、マスコミからも注目を集めている。

もともと、日本には「湯治文化」という温泉を利用した心と体の健康づくりの文化があった。

しかし、戦後、「温泉=観光」「温泉=歓楽」となり、湯治という言葉が消えていき、その観光も一段落した今、各地の温泉地も経営に苦慮するようになった。

その湯治文化をもう一度、よみがえらせることによって、国民の心と体の健康に寄与する地域づくりを行なおうというのが竹田市の試みであり、「温泉療養保健システム」の導入はその第一歩の実証実験である。

このシステムでは、竹田市を訪れ、ある日数以上宿泊し、ある一定回数以上温泉を利用した人に、一定の入浴料や宿泊代金の一部を「保健」として還元するというものである。

温泉療養を医療に位置づけ「保険適用」を目指しているが、今の日本の医療制度では、温泉に保険を適用することが難しいため「保健」という言葉を使っている。この他にも「国民保養温泉地」をキーワードに長期滞在型施設の整備など環境整備にも着手している。

実は、温泉療養の大切さと、保険適用については、NPO法人健康と温泉フォーラムが20年以上にわたって提唱してきたし、日本温泉協会でも、休養・保養・療養面での温泉利用を提案してきたが、それが実現するには至っていない。

一方、北海道の白老町では、1980年代に、「健康のまち、元気なまちをつくる」という方針を掲げ、地域のもつ豊かな森林(森林浴)、海(海浜浴)、アイヌ文化(自然と共生した食文化)に加えて温泉を活用しようとしたことがあり、温泉を町民に還元するため温泉療養の保険適用を提案したことがあるが実現しなかったという。同じような試みをした自治体は他にもたくさんあるに違いない。

PHP研究所では、竹田市、NPO法人健康と温泉フォーラム、日本温泉協会などと協力してPHP嚶鳴塾「温泉と地域づくり」を立ち上げ、今年の2月に第1回のシンポジウムを開催し、5月25日(金)、26日(土)に第2回を竹田市で開催することになった。

健康と福祉に温泉が役立つことは、すでにいろいろな実証データがある。たとえば、温泉地を持つ地域の医療費はそうでない地域に比べて相当に低くすんでいるというデータがある。また、少子高齢化社会の中で嵩む医療費や介護費用なども、温泉資源を利用することによって数兆円規模で削減できるという専門家もいる。

こうした観点から、全国の温泉を持つ地域や心ある温泉関係者が一堂に団結して、その温泉を国民の健康と福祉に役立てる仕組みづくりを提案し実現して行きたいと考えている。

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