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原因は「歪んだ自己効力感」?…日本人が他人へ与える“圧力”に鈍感の謎

2021年07月19日 公開

太田肇(同志社大学政策学部教授)

 

圧力を受けるのには敏感でも、加えるのには無自覚

ただ、この問題を被害者の立場から考えるだけでは一面的すぎる。意外に見過ごされやすいのは、私たち日本人はあまり抵抗感なく他人に圧力をかけてしまいがちだということである。

NHKは新型コロナウィルスの第三波が広がりつつある2020年の11月4日から12月7日にかけて、郵送で世論調査を行った。その結果をみると、感染症対策のために人の移動や経済活動の制限など個人の自由を制限することが「許される」と答えた人が86%に達している。

そして外出の禁止や休業の強制ができるように法改正が「必要だ」という回答が42%で、「必要ではない」の19%を大きく上回っている(「どちらともいえない」は38%)。

たしかに私たちは過剰な同調圧力を苦々しく思いながら、いっぽうで他人に圧力をかけていることに無自覚な場合が多い。

その集積が世間の目、社会の空気となる。

思い起こされるのはイラク戦争後、武装勢力によって2004年に日本人が誘拐・拘束された「イラク人質事件」や、2011年に発生した東日本大震災後の「不謹慎狩り」であり、コロナ禍のもとでの「自粛警察」には既視感が漂う。

日本人として自粛するのは当然であり、自粛しない人は許せないという感情。その背後にあるのはやはり共同体主義であり、政府や自治体による声明や自粛要請は非難やバッシングにお墨つきを与える。

行為者にとっては「正義」の後ろ盾があるだけに、相手を攻撃することで自己肯定感や自己効力感(注9)が得られる。なお「自己効力感」とは環境を効果的に支配できているという感覚、平たくいうと自分の能力に対する自信である。

自己肯定感や自己効力感は一種の心理的報酬であり、「違反者」を攻撃することによって「よいことをしている」「社会に役立っている」という感覚が得られるため、行動に抑制が利かない。

それを間接的に裏づけるエピソードがある。かつて幼稚園や保育園に無理な要求や理不尽なクレームを突きつける保護者の行動が問題になり、「モンスターペアレンツ」と呼ばれた。

ところが「モンスターペアレンツ」という名称が世間に流布するようになってから、その存在が影を潜めたそうである。おそらく自らの行動に理がない、少なくとも絶対的な正義ではないと覚ったのだろう。

いずれにしてもコロナ後の「自粛警察」や、マスクをつけない人を攻撃する「マスク警察」が、素朴な正義感を身にまとった共同体主義に促されたものだということは、「自粛警察」や「マスク警察」が前述したように日本特有の現象である点からも想像がつく。

 

自粛警察の「出番」は意外と少ない?

ところが一見このような認識と矛盾するような、興味深い調査結果が紹介されている。

慶應大、大阪大、広島修道大などの心理学の研究者が2020年に日本、アメリカ、イギリスなどで行った意識調査を分析したところ、新型コロナウィルスの感染防止をめぐる市民の行動について、政府の方針に従っているか他人を見張るべきだと考える人の割合は、日本は欧米諸国や中国より低いことがわかったという。(注10)

日本では「自粛警察」や「マスク警察」があれだけ世間を騒がせていただけに、この調査結果には少々意外な感じがする。

これはいったい何を意味するのだろうか?

一つの解釈として、「自粛警察」や「マスク警察」はきわめて例外的な「違反」行為に対して「出動」したのではないかと考えられる。

実際、全国に緊急事態宣言が出されていた2020年の春、大多数の飲食店は営業を自粛していた。また一日に1000人ほどの死者が出ている欧米諸国でもマスク着用率が6割程度なのに、日本での着用率は100%近かった。つまり「違反者」が例外的だったから「警察」が出動したのだろう。

だとしたら、問題はむしろそちらのほうにある。「自粛警察」が出動するまでもなく、目にみえない同調圧力のもとでほとんどの国民は自粛せざるをえなかったのである。

当然ながら、同調圧力のもとでの自粛は人びとに大きなストレスを与える。

徳島大学の山本哲也准教授らが行った調査によると、2020年春の緊急事態宣言の期間中、48%の人がストレスを感じ、18%の人が治療の必要なうつ状態にあった。(注11)

また日本人の自殺者は2019年まで10年連続で減少していたが、コロナ禍が蔓延した2020年7月以降は一転して前年を上回るようになり、年間では前年を3.7%上回った。とくに女性は過去5年で最も多かった。(注12)

子どもの自殺も2020年は前年より4割以上増え、過去最多となった。(注13)

さらに自殺した人の背後には、自殺には及んでいないものの自殺のリスクを抱えた人がたくさんいることも忘れてはいけない。ネットなどで中傷やバッシングを受けた人だけでなく、コロナ失業や経済的な打撃、それに長引く自粛生活の孤独感、閉塞感とストレスから自殺を考える人が増えたといわれる。

みえない圧力が背後で働いていることは想像に難くない。なお、次章で紹介する岡壇まゆみの研究もそのような可能性を示唆していることに注目したい。

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