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カナダでなぜ中国系議員が増えているのか…北米で展開される「中国vs.民主主義」の構図

2021年05月25日 公開

安田峰俊(ルポライター)

 

カナダ連邦下院選で8人の中国系候補が当選

中国からの移民が増えていること自体は、カナダだけの限った話ではない。カナダと他国の違いは、事態がさらに「先」に進んでいたことである。

多様性を重視する民主主義国家であるカナダにおいて、近年になり華人議員が増加していることだ。人口の5%近くを占める華人票を得ることで選出された議員たちは、カナダの各都市や各州、さらには連邦議会でも存在感を増しつつある。

2019年のカナダ連邦下院選に立候補した華人候補者は過去最多の41人にのぼり、そのうち8人が当選した(なお、2011年の選挙は華人候補者23人のうち7人当選、2015年の選挙では27人立候補のうち6人当選)。

2019年の当選組のうち、現職議員がそのまま勝利したのは、対日歴史問題に強硬姿勢を取る香港出身のジェニー・クワン(関慧貞)ら6人。いっぽうで新人は、ハン・ドン(董晗鵬)とケニー・チウ(趙錦栄)の2人である。

特に1977年生まれのハンは13歳で上海からカナダに移住しており、中華人民共和国の体制下で生まれた人物としては、今回の選挙で唯一の当選者となった。

なお、こうした華人議員たちの所属政党は、中道左派の与党・自由党が4人で、二大政党の一角をなす中道右派の野党・保守党が3人、左派の社会民主主義政党である新民主党が1人となっており、意外にも政治的立場はかなりバラバラだ。

だが、彼らの選挙区は、中国系住民が多いトロントがある東海岸のオンタリオ州と、バンクーバーやリッチモンドがある西海岸のブリティッシュコロンビア州に偏っている。

 

選挙を用いた浸透工作

マイノリティである中国系住民から多数の議員が誕生している現象それ自体は、カナダ社会の寛容性を示すものだ。

日本が100万人近い中国人人口を抱えているにもかかわらず、華人の議員がほぼいないことを考えれば(例外は立憲民主党の蓮舫氏くらいだ)、カナダのありかたは民主主義社会としては非常に健全だ。本来は称賛するべき話である。

しかし、他方で近年になり明白になりつつある「残念な真実」も存在する。カナダの華人議員の一部に、北京の中国政府と近い人物や、中国人のナショナリズムを煽り立てる人物が少なからず含まれていることだ。

たとえば、新民主党の下院議員で香港出身のジェニー・クワンをはじめ、オンタリオ州やブリティッシュコロンビア州の一部の中国系地方議員は、カナダの社会で南京大虐殺や慰安婦の問題を過剰に持ち出し、対日歴史問題に強硬なポーズを示すことで華人票を固める戦略を取っている(拙著『もっとさいはての中国』参照)。

同じカナダ華人といっても、移住時期や言語が大きく異なる人たちを、最大公約数的にまとめあげて票につなげるのに、「日本の中国侵略」や「祖籍国(中国)への愛」は、非常に使いやすいテーマとなるわけだ。

いっそう深刻なのは、2015年に中華人民共和国の出身者として史上初の下院議員に当選したゲン・タン(譚耕)のケースである。北京生まれ湖南省育ちの彼は、湖南大学を卒業後に中国で高級エンジニアとして働いてからトロントに留学、カナダで博士号を取得してそのまま定住した経歴を持つ。

ところが2018年1月、複数の現地メディアは、ゲンが中国人ビジネスマンの資金供与を受ける形で中国渡航をおこなったことや、中国大使館への口利きをおこなっていたこと、さらには下院議員当選後にしばしば中国に赴いて中国共産党員の政府関係者らと接触していたことなどを次々と報じた。

つまり、過去起こったオーストラリアの事例と似た問題が持ち上がったのだ。ゲンはこれらの報道を否定したものの、その後に別の個人的なスキャンダルが伝えられたこともあって、まだ50代後半と議員としては脂が乗った時期にもかかわらず、2019年の下院選には不出馬を表明している。

アメリカの緊密な同盟国かつ隣国にもかかわらず、アメリカよりもはるかに「ゆるい」カナダは、中国から見れば非常に貴重な浸透工作の対象だった。多様性を重んじる民主主義国家ゆえに、自分たちの手駒を国家の内部に送り込むことも容易だったのである。

とはいえ、近年はさすがに風向きが変わってきた。2018年12月に中国企業ファーウェイの孟晩舟副会長がバンクーバーで拘束されて以来、中国とカナダの関係は悪化している。

中国側はファーウェイ問題の報復として、カナダ人の元外交官マイケル・コブリグと企業家のマイケル・スパバを中国国内で拘束して恫喝してみせたが、これはかえってカナダ世論の対中警戒心を強める結果を招いた。

コロナの流行が収まったあと、カナダと中国という世界の国土面積の2位と4位を占める国同士の関係には、どんな景色が広がることになるのだろうか。

 

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