2021年05月07日 公開
2022年01月26日 更新
NATO(北大西洋条約機構)には、世界で他に例のない実績がある。加盟国の本土が70年間、一度も武力攻撃を受けたことがない、ということだ。
全構成国が70年間も平和でいられた、というのは奇跡のような出来事である。現在、米中「新冷戦」のはざまにある日本は「世界最強の軍事同盟」に何を学ぶべきか。
※本稿は、グレンコ・アンドリー『NATOの教訓』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
1983年11月、NATOは西ヨーロッパで「Able Archer 83」(直訳:優秀な射手)という大規模な軍事演習を実施した。
演習の規模は凄まじく、NATO各国の首脳も演習に駆け付けた。アメリカからは大統領のレーガン、副大統領のブッシュと国防長官のキャスパー・ワインバーガーが参加している。
演習では全面戦争や核戦争のシミュレーションが行われ、多くの最新技術が試された。
ソ連はこの演習を知って動揺した。「本当にソ連を全面攻撃する準備なのではないか」と恐れ、ワルシャワ条約機構軍は戦闘準備の体制に入った。
NATOによる積極的かつ大胆な軍事戦略はソ連の指導層に恐怖を与え、ソ連は経済停滞の中で国費を投じ、軍拡競争を続けざるを得なかった。
このことが最終的に、ソ連経済の崩壊を誘発した一因と言えるのではないか。
だが、現在の国際情勢は1980年代とは全く違う。当時のソ連は経済が行き詰まり、国力が脆弱だった。巨大な勢力圏の維持は負担でしかなく、社会主義圏と資本主義圏の生活水準の差は誰の目にも明らかだった。
工業製品の質の差も一目瞭然で、技術的にも西洋諸国に大きく後れを取っていた。何よりも、自国を含む社会主義圏の国民が社会主義体制に大きな不満を持ち、資本主義の方が豊かだとうすうす気づいていた。
アフガニスタンにおける無意味な泥沼の戦争はソ連を不安定化させ、アメリカとの軍拡競争で経済は疲弊していた。対して80年代、アメリカをはじめとする西洋の経済は好調だった。この点も21世紀とは異なる。
それほど脆弱なソ連を倒すのですら、アメリカや西洋全体は持てる手段を総動員しなければならなかった。なおかつ味方の努力だけでは不十分で、ソ連国内の動きが崩壊を後押しする要因となった。
さらに構造上の欠陥として、ソ連邦を構成する国にはソ連の法律上、離脱権があった。したがってソ連共産党が束ねる力を失ったとたん、権限を発動して合法的に離脱できたのだ。
つまり、西洋諸国はソ連より圧倒的な力を持ちながら、敵の体制崩壊のために全力を尽くしたうえ、運も味方してやっとソ連を崩壊に追い込むことができた、ということだ。
当時の脆弱なソ連に対して、現在の中国は強い。中国の人口はアメリカの4倍、GDPはアメリカの3分の2。中国共産党は国内で絶大な権力を持ち、権力基盤が揺らぐ見込みはない。
国内の格差は大きいとはいえ、経済を支える大都市圏における生活水準は、日欧米と大きな差がない。中国共産党が一党独裁を保ちながら、巧妙に資本主義経済を導入することで発展を保っている。
「世界の工場」にもなり、全世界が中国の製品を大量に輸入している。製品の品質はまだ先進国にやや劣るとはいえ、かつてのソ連と西洋ほどの圧倒的な質の差はない。
今後数十年にわたり、世界は新冷戦の時代が続くのではないか、と私は考えている。中国、ロシアが率いる独裁主義陣営と、アメリカが率いる自由・民主主義陣営の対立は続くだろう。
独裁主義陣営は、1991年の敗北から多くのことを学んでいる。ロシアや中国はあのころより遥かに強く、巧妙になっている。新冷戦は自由・民主主義陣営にとって大きな試練になるだろう。
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更新:11月21日 00:05