Voice » 経済・経営 » 日本が「科学技術立国」として甦るためにすべきこと

日本が「科学技術立国」として甦るためにすべきこと

2020年12月16日 公開
2023年01月18日 更新

安宅和人(慶應義塾大学環境情報学部教授・ヤフー株式会社CSO)

安宅和人

「掛け算の学問」でイノベーションを生め

――我が国は科学技術力を取り戻すために何をすべきでしょうか。

【安宅】何よりもまず、十分な投資をすることです。僕がかねてより必要性を主張してきた取り組みですが、政府は2021年度にも大学の研究や若手の育成を支援する10兆円規模のファンド(基金)を創設する考えを示しています。

これは大いに歓迎すべき動きであり、衰退の一途を辿る日本の研究大学を蘇らせることは国力の支えになるでしょう。研究を支援する際に注意すべきは、下手に「選択と集中」をしないこと。

成功した分野にまとめて金を突っ込むのではなく、未来につながるエッジの利いた研究には、分野を問わず資金を投入してもらいたい。今回のパンデミックで露呈したように、人間は未来を予測できるわけではありません。想定外の現象は、いつどこでも起こりうる。

どの学問がいかなるかたちで力を発揮するかは、誰にもわからないのです。分子サイズの機械やハイブリッド車のようなイノベーションの多くは境界領域から生まれます。だからこそ、分野横断的な研究への投資を惜しむべきではないのです。

また金銭面での投資と同じく重要なのが、大学の組織体制を解きほぐすことです。生物、物理、化学、計算機、情報学、心理、経済、医学、法律、建築、政治……という具合に部門ごとに専門家が集まっていることはよいのですが、この単位でしか学生を採らない、研究を行なわないことはまずい。

物理学者が生物学の領域に踏み込んで分子生物学が誕生したように、大きく辺境を切り開くためには「掛け算の学問」を推奨する必要があります。とくに次代を担う学生が同じ部門だけに閉じていては、徒に彼ら彼女らの可能性を縮めてしまいかねない。

いますぐにでも部門単位での学生採用を止めて、学生の所属は部門横断的な育成プログラム単位にすべきです。歴代のノーベル賞受賞者の名前を挙げればわかるように、日本はとりわけ自然科学系の分野では世界に引けをとらないポテンシャルを有しています。

個々の学問の力は間違いなく強い。問題なのは、横断的なうねりが生まれにくい点です。既存の研究領域をどうほぐしていくかが変化の要だと認識すべきです。

――これは大学のみならず企業にも当てはまる話でしょうが、実際に組織体制の変革を試みても、しがらみが多くてなかなか進展しないことがあります。

【安宅】この問題がどれだけ深刻なものなのか、当の大学側が認識していないことが最大の懸念事項です。「変わるかどうか」という悠長なことを言っている局面ではない。

社会で期待される価値を提供し続けたければ「変わるしかない」はずなのですが。これは拙著『シン・ニホン』(NewsPicks)やCSTI(総合科学技術・イノベーション会議)でも幾度となく訴えてきたテーマですが、日本の未来のためにも、引き続きしつこく提起し続けるつもりです。

――組織の縦割りに加えて横串を通す重要性は、行政においても指摘されます。まさしくデジタル庁は「縦割り打破」を想定した省庁です。

【安宅】会社でいえば、事業・サービス単位で組織された事業部と、全社横断的な役割を担う事業戦略室や財務といったコーポレート部門がありますよね。

外務省や文部科学省は典型的な「事業部・縦割り型」である一方、デジタル庁や財務省、内閣府は「コーポレート・横串型」の省庁だといえます。大学と事情は異なりますが、行政も横串を通し、つなぎ合わせる動きをさらに促進するべきです。

危機が不連続かつ突発的に発生する時代には、既存の硬直した仕組みでは対応できない問題が必ず現れます。現に我々は、「ウィズ・コロナ」からは当面逃れることはできないでしょう。

そんなときに、世界の動きを傍観するのではなく、先に仕掛けて国の仕組みそのものをほぐしていく。何よりも求められているのは、そうした変化を厭わない覚悟ではないでしょうか。

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円