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移民国家では「社会の分断は真新しいものではない」 アメリカ国内の現状

2025年04月22日 公開

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

アメリカ

現在のアメリカでは、社会の分断が深刻化しているという指摘や、「ディープステートが存在している」などといった陰謀論もささやかれている。急速に変化するこの国で、一体何が起きているのか? そして、これらの言説の真相はどうなのだろうか?

本稿の冒頭では、アメリカの情勢について「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。

天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、アメリカの現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。

※本記事は宮家邦彦著『トランプ2.0時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

社会の分断はこれまで何度も起きていた

最近、アメリカの「力の凋落」を指摘する声が高まっています。アメリカを敵対視し始めた中国はもちろんのこと、アメリカ国内でも、右は「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ運動から、左の「リベラル・人権・環境」重視派まで、アメリカ人自身の間でもアメリカのパワーを如何に活用するかについて侃々諤々の議論があります。急激に変化しつつあるこの国で、今いったい何が起きているのでしょうか。

 

●悪魔のささやき

①アメリカには一般市民の知らない「Deep State(闇の政府)」が現に存在し、連邦政府、諜報機関、金融機関、産業界などの一部関係者が秘密のネットワークを通じ、政府内部で特別の権力を行使している

②アメリカ経済は一部のユダヤ系財閥、石油資本、軍産複合体によって事実上支配されており、そのために人種間、階層間の格差が一層拡大するので、アメリカ社会の分断は今も拡大を続けている

③国力、軍事力が衰えつつある現在のアメリカは、既に「世界の警察官」の役割を放棄しており、国際政治分野での指導力は今後急速に低下していくだろう

④アメリカはヨーロッパ、中東、インド太平洋の3方面で軍事的プレゼンスを維持してきたが、今後はインド太平洋での対中国抑止を最重視するため、ヨーロッパや中東方面が不安定化する可能性もある

 

●天使のさえずり

①「闇の政府」の存在を信ずる「Qアノン」などの陰謀論に根拠はなく、アメリカ民主主義には復元力がある

②アメリカ社会の分断は事実だが、移民国家アメリカでは目新しくなく、史上何度も起きていることだ

③そもそもアメリカが「世界の警察官」となる旨宣言したことはなく、単に他国が相対的に強くなっただけだ

④ロシアは弱体化し、中東はそもそも不安定、中国は今やアメリカにとって最大の脅威、競争相手である

 

宮家邦彦氏の解説

①北部の理想主義と南部の植民地主義

アメリカ国内の分断がよく話題になりますが、この国は昔から分裂しています。誤解を恐れずに言えば、建国前からアメリカでは北部の清教徒的理想主義と、南部の保守的植民地主義が並存してきましたが、幸いこれまでは、独立戦争、南北戦争、公民権運動などの節目節目で「北」の理想主義が勝利してきました。

政教分離を謳った憲法(※)の下、就任式で新大統領が聖書に手を置き神に宣誓するのはそうした経緯があるからです。この流れは現在も民主党リベラリズムと共和党の保守主義・トランプ主義という形で続いています。アメリカ合衆国は分断を前提にできあがっている「合州国」なのですから......。

(※)合衆国憲法修正第1条は、「議会は、国教を樹立し、あるいは、信教上の自由な行為を禁止する法律......を制定してはならない」と定めている。

 

②市民権と投票「登録」制度

アメリカには日本のような本籍や住民票というものがありません。日本人なら住民票を移せば一定期間後に投票所入場券が送付されますが、アメリカ市民の投票には別途「有権者登録」が必要です。この「登録」制度は低所得・低学歴層にとってかなりのハードルだと言われています。

そんな具合ですから、アメリカの選挙制度も実は各州で微妙に違います。2016年のトランプ候補当選の裏に、ロシアの選挙介入があったという批判も決して根拠がない訳ではありません。それでも、不正が選挙結果を左右するほどでない限り、アメリカはこの制度を守り改善していくでしょう。

 

③移民2世・3世の知的爆発

アメリカは移民の国です。一般に移民1世は貧しく低学歴ですが、アメリカ生まれの2世・3世は英語もネイティブ、ハングリー精神で多くの高学歴成功者が生まれます。こうした「知的爆発」現象も、アメリカ社会への同化が進む4世以降には減っていく、これがアメリカ移民社会の特徴です。

問題は4世以降の白人移民の子孫の「非成功者」たちです。1950年代までアメリカは白人の国でしたが、その後、非白人移民が急増し、2050年には人口の過半数が非白人となります。「知的爆発」期を過ぎたブルーカラー白人男性労働者には、今のアメリカ社会が著しく不公平に見えているのです。

アメリカの人口の人種別構成

 

④アメリカ保守主義の劣化

トランプ主義やQアノンの支持者の多くは、こうした不満をもつ白人層です。陰謀論や不健全なナショナリズム、ポピュリズムを信ずる人々は今や人口の3割近くとなり、伝統的な共和党の保守主義を変質・劣化させています。彼らの不満が続く限り、こうした動きは第2期トランプ政権後も続くでしょう。

 

⑤アメリカは世界の警察官か

建国直後のアメリカは「モンロー主義」の対外不干渉主義国でしたが、その後は自国の軍事力を国益最大化のため使ってきました。しかし、アメリカが世界の警察官になると宣言したことなど一度もありません。むしろ、多くの国々が自国や地域の安全のためアメリカの政治・軍事力を利用してきたのが実態です。

今後トランプ政権の「アメリカ第一主義」によりアメリカの国際的関与が薄れることがあれば、国際情勢が再び不安定化する可能性はあります。

 

⑥なぜアメリカで銃規制ができないのか

長い陸上国境をもち「刀狩り」が難しいアメリカでは、「武装」は憲法が認めた国民の権利です。これとは対照的に、人工妊娠中絶の権利は、連邦憲法上の権利と認めた1973年の判決が2022年に変更され、中絶権の是非は連邦裁判所ではなく、各州の裁判所の判断に任せられています。

 

⑦日米安保体制はいつまで続くのか

ヨーロッパとは異なり、日本は周辺にロシアだけでなく中国や北朝鮮からも核の脅威という安全保障上の大問題を抱えています。日本が非核政策を貫く限り、日本にはこうした脅威を抑止するためアメリカの「拡大抑止」、いわゆる「核の傘」が必要です。

 

 

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