2020年12月01日 公開
2022年12月15日 更新
19歳のトマスは、大学に入学すると、弁論部に所属します。ウィルソンは弁論部が大好きです。プリンストン大学で弁論部に入ったのを皮切りに、卒業後に法律を勉強しに行ったバージニア大学でも、ジョンズ・ホプキンス大学で大学院に進んだ時も、必ず弁論部に所属しています。
それどころか、博士号を取った後にウェズレーン大学教授となると、大学に学生弁論部をわざわざ作るぐらいです。父に忠実に修辞学の練習をしてきたので、弁論や討論が得意です。
ディベートとは、「ある論題に対して賛成と反対に分かれ、ルールにもとづいて行う討論」のことです。細かなルールは色々あるのですが、大前提として、ルールを成立させるための暗黙の掟があります。「自分の意思と関係なく、賛成・反対に分かれなければならない」です。
自分の立場や思想信条とはまったく関係なく、賛否に分かれて議論をすることによって論理を磨くという、教育効果を目指すゲームの場なのです。
さてトマスは、とある討論大会で主将となりました。最後の決戦の論題が出されます。お題は「保護貿易か自由貿易か」でした。くじ引きでトマスは保護貿易側の論者になります。
すると自由貿易論者のトマスは、自分の思想信条に合わないと言い出して、なんと討論を放棄してしまうのです。彼の弁論部は、大事な決勝で敗北を喫します。人類史に残るダメ弁論部員です。
大学で弁論部にハマったトマスは、この頃、イギリスの『ジェントルマン・マガジン』で「雄弁家」という論文に出会い、大いに刺激を受けます。イギリス衆議院の雄弁家として取り上げられていた一人が、自由党のウィリアム・グラッドストンです。
そこでトマスが思ったのは、「自分はグラッドストンに似ている!」です。何の根拠もない思い込みです。あこがれの対象としてワシントンやリー将軍がいて、そこへさらにグラッドストンも加わりました。トマスは大志を抱きます。「自分の雄弁によって人々を指導したい!」と。覚醒です。
どれくらい覚醒したかというと、いきなり「バージニア州選出上院議員」の名刺を自作してしまうくらいです。
自作の上院議員の名刺を所持するトマスは、将来の夢を見つけます。「大英帝国総理大臣」です。1879年8月、全国雑誌『インターナショナル・レヴュー』にトマスの論文「合衆国における閣僚政治」が掲載されます。トマスは、この論文でイギリス式の議院内閣制を支持し、合衆国憲法の改正を論じました。
ウィルソンがなぜ議院内閣制を支持するのかというと、ウォルター・バジョットの著作を読んでしまったからです。バジョットは今でも世界中で尊敬されている、イギリスの憲政史家です。代表作『英国憲政論』では、立憲君主制と議院内閣制の効用を説いています。
ウィルソンはマトモな人のマトモな本を読んだのは良いのですが、出した結論が恐ろしく間違っていました。そもそもアメリカのどこに、王様がいるのでしょう。
さすがのバジョットも、そんなつもりで書いていないでしょう。バジョットの数多い読者の中で、ここまで誤読した人は他にいないのではないでしょうか。
更新:11月22日 00:05