2020年07月29日 公開
2023年01月11日 更新
マサチューセッツ工科大学(MIT)エリザベス&ジェイムズ・キリアン記念経済学教授の経済学者であるダロン・アセモグル氏は、新型コロナウイルスによる感染者と死者が多く、抗議デモや暴動が起きたアメリカの状況は深刻だと語る。アメリカの「歪み」はなぜ生まれたのか。
※本稿は「Voice」編集部編『変質する世界 ウィズコロナの経済と社会』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです
取材・構成/大野和基
―─目下、世界の最大の課題は、新型コロナウイルスへの対応です。「国家(state)」と「社会(society)」のバランスがとれた国のことを、本書(『自由の命運 上・下』早川書房、原題:The Narrow Corridor)では「足枷のリヴァイアサン」と呼んでいますが、その典型が西洋のデモクラシー諸国です。
その中でもイギリスやアメリカの感染者がドイツよりも多かったのは、なぜだと考えますか。一般に英米の二カ国はドイツよりも自由主義的な社会だと考えられていますが、それも要素の一つでしょうか。
【アセモグル】私の考えでは、決定的な二つの要因があります。この二つの要因がなければ、死亡率が高いのはイギリスやアメリカではなく、ドイツや日本、韓国であったはずです。
これらの国ではかなり高齢化が進んでいるからです。他方、アメリカはOECD加盟国の中では最も若年者が多く、イギリスもそれに近い。それにもかかわらず、アメリカやイギリスでコロナの死者が多かったのはなぜか。
一つ目の要因は、長期的な経済構造上の問題であり、二つ目の要因は同じく政治構造上の問題です。
まず、経済的な要因から見ると、イギリスとアメリカは経済格差が最も大きい2カ国です。そして社会的地位が低く、貧しい人ほど健康管理ができていない。たとえば、アメリカでは人口の40%の人が肥満をわずらっています。
10%の人がいかなる医療にもアクセスできていない。20%の人はヘルスケアにアクセスできているものの、それはメディケイド(低所得者に対するアメリカの公的医療保険制度)という最低の質の保険のおかげにすぎません。これらの要因は、国民がコロナに感染しやすい環境をつくり出していた。
二つ目の政治的な要因はより重要です。とくにイギリスでは、官公庁の意思決定が一般国民の判断の質を損ねてしまったと思います。ブレグジット(イギリスのEU離脱)のプロセスでも同じようなことが起きました。
またアメリカでは、トランプ大統領になってから、以前から見られていた兆候が信じられないほど加速化しました。トランプは、専門家や官公庁内の独立したミッションなどによる、あらゆる種類の意思決定を破壊しました。
たとえば、CDC(疾病予防管理センター)は、エボラ出血熱エピデミック(一定の地域における予想外の爆発的感染)への対応はすばらしかったのですが、今回のコロナの対応では無残なほど失敗しました。
200人もの疫学者を有する組織が、早くも1月の第2週に中国から、実効再生産数(一人のウイルス感染者から出る二次感染者数の平均値)が3に近いというデータを得ていたのにもかかわらず、パンデミックを3カ月間も放置した。
CDCは米国民に出張や旅行をやめて、ソーシャルディスタンシング(社会的距離)を実行するように伝えなかった。検査能力も増やさなかった。本当に信じられないことです。30年ほど前に、アメリカの官僚制度を研究したことがある人なら、誰も考えなかったことだと思います。
──他方、西洋デモクラシー社会の中で南欧のイタリアでは、英米を上回るかたちで「医療崩壊」が起きてしまいました。政治的、経済的観点から、どう分析しますか。
【アセモグル】もちろんイタリアには、政治的、経済的にアメリカと同じ種類の弱点があります。アメリカがひどく影響を受ける1カ月前の2月には、すでにコロナによる打撃をかなり受けていました。
それで慌てて対応したのです。もっと早く、1月には対応すべきでした。それでもイタリアはよくやったほうだと思います。ロックダウンは予想以上の効果があった。
そもそもイタリアのような高齢者が多い国にとって、コロナの影響をコントロールすることは難しい。これに対応するには、ICU(集中治療室)の収容能力が大きくなければなりません。それが十分ではなかったので、死者が増えてしまいました。
──ではヨーロッパの中で、比較的にドイツがコロナの対応に成功したのは、なぜでしょうか。
【アセモグル】まず対応が早かったと思います。そして、どの公衆衛生当局者も指摘したように、多くの人を検査し、隔離し、感染した人は他の人と接触しないようにした。これらはすべて正しいことでした。コロナでドイツはahead of the curve(先手を打つ)だったのです。
どの先進国も、ドイツの対応と経験を模倣しようとすればできたと思います。発展途上国にはそのためのリソースがないため、事情は異なりますが、アメリカや日本には十分なリソースがあります。実際、日本はコロナに対してかなり立派に対応しました。
更新:11月22日 00:05