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生物学から男女の「性差」を考える 福岡伸一ハカセによる令和のジェンダー論

2020年07月23日 公開
2022年03月29日 更新

福岡伸一(生物学者)

 

ヒトも女が基本形だった

この原理はヒトの場合も基本的に同じである。さすがに、メスに比べて、オスの遺伝子が半分、ということはないが、メスに比べるとオスの遺伝子の量が足りないという事実は残る。

メスの性染色体は、XX型だが、オスはXY型である。Y染色体は、X染色体の五分の一くらいの大きさしかない。情報量も極端にすくない。オスは遺伝子レベルでも足りないのである。

他の生物同様に、すべてのヒトはまず女の子として出発する。精子と卵子が結合し、受精卵ができ、それが細胞分裂を繰り返し、胎児がつくられていくが、受精後7週目くらいまでは、男女の区別はつかない。

すべて女の子に見える。このあとY染色体という貧乏くじ(とあえていっておこう)を引いた個体だけが、特別の枝道に入る。すでに出来つつあった組織や器官があえて壊されて、男につくり変えられる。

男の子のおちんちんの裏側には、左右の皮膚を縫い合わせたような線があるのだが(俗に蟻の戸渡りなどと呼ばれている)、これは本来、女性器になるべき割れ目が閉じ合わされた痕跡である。

卵巣が降りてきて睾丸となり、陰唇が合わさってペニスとなり、クリトリスが乗っかって亀頭となった。なので、ペニスを立たせる海綿体組織は、女性器の陰唇にも存在し、性的に興奮すると充血する。

つまり、男性にだけあるように思われているものは、特別なものではなく、すべて女性にあった原器をつくり変えたものなのだ。このつくり変えのために男の子は胎児期に大量の性ホルモン(ステロイド)を身体中に浴びる。

この性ホルモンは基本的に免疫系を抑制するように働く。それゆえに、男性の免疫系は、女性よりも弱く、だから男性の寿命は女性より短く、感染症にかかりやすく、がんの罹患率も高く、ストレスに弱い、と考えられる。

つまり、「弱き者よ、汝の名は男なり」、というべきなのだ。メスだけでどんどん増える単為生殖に対して、メスとオスという二つの性をつくって次世代を生み出すしくみは有性生殖と呼ばれる。

しかし進化の長い歴史を眺めわたしてみると、このしくみができたのは、かなり新しい出来事なのだ。生命の発生はいまからおよそ38億年前の出来事と考えられている(微小化石の研究によって)。

そしてそのうちの半分以上の年月、基本的に生物は単為生殖でやってきた。つまり、20数億年に渡り、世界にはメスしか存在せず、誰の力を借りることもなく、メスがメスを生み、増やしてきた。単為生殖は、有性生殖のような面倒な手続きを踏む必要は全然ない。なのでこの方法が長い間続いた。

一方、いまから10億年ほど前、ようやく有性生殖の原型がつくられた。単為生殖と有性生殖を切り替えられるアリマキのような存在は、そのときの双方の仕組みを温存している生物である。

現在のヒトのように、有性生殖のみに完全にシステムが切り替わったのは、ここ5,6億年のことである。生命史全体から見ると「かなり新しい」といったのはそういうことである。

 

オスとメスの協力が多様性を生み出した

単為生殖が現在も存続している事実は、有性生殖が必ずしも生命の存続にとって絶対的に有利である、ということにはならない証拠である。

しかし、現在の地球上では、とくに、ヒトを含む動物、つまり大型の多細胞生物においては、有性生殖が圧倒的に優位にある。なぜ有性生殖が進化上、大勢を占めるようになったのか。

それは、先に書いたとおり、有性生殖が、遺伝子をつねにシャフリングし、混ぜ合わせ、結果として新しい順列組み合わせをつくり出し、個性のバリエーション=多様性を生み出すからだ。

多様性の創出がもっとも有利に働いたのは、おそらく感染症に対する抵抗性の差ができたことだろう。生物は、新手のウイルスや細菌に絶え間なく晒されてきた。

耐性に差があれば、未知の病原体の襲来にも耐え抜くことができる。かくのごとく、生命が有性生殖を編み出したのは、それだけ変化を生み出すことが重要だったからである。

進化の歴史とは、強いもの、優れたものが生き残ったのではない。集団の中で多様性を大切にした種が生き残ったのである。多様性は、その時点では、集団にとって有利か不利なのかわからない。一見、生産性が低く、集団のお荷物に見える場合もあるかもしれない。

しかし、その多様性を包摂することが、長いレンジで生命を考えたとき、もっとも重要な意味をもつことになった。そして、多様性を生み出すものが、メスとオスの協力だった。

最初、オスはメスの縦糸をつなぐためのときどき現れる細い横糸だった。しかし横糸の重要性が高まるにつれ、横糸は縦糸と同じくらい稠密なものとなった。それゆえ、いまや、どちらが縦糸で、どちらが横糸であるか区別がつかなくなった。

つまり、成り立ちの経緯はどうあれ、二つの性は多様性を生み出すうえで、等価となったのである。言い換えれば、男女の両性がなければ、多様性は生まれていなかった。

今回は深く論じなかったが(逆説的ながら)多様性の中には、生まないことを選ぶ多様性も含まれる。つまり、遺伝子の命令(生めよ・増やせよ)から初めて自由になれることを知ったのも、人類の多様性の成果であり、また基本的人権が尊重される基礎となったのである。

この事実をもとに、私たちは、男女の権利は平等であり、男女の義務も平等であると約束した。そして、人類が現代社会をつくりあげたとき、これを理念としたのである。

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