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「自粛警察」は、他人に配慮しすぎた人たちの成れの果て

2020年07月06日 公開

是永論(立教大学社会学部メディア社会学科教授)

 

「自粛警察」の出現

メディアの研究では、「第三者効果」といって、人びとはメディアの情報について、自分が直接影響を受けていると考えるよりも、それ以外の多数の他人が影響を受けていると(想像上で)考える傾向があることが指摘されてきた。

今回の買い占めもまた、「デマを信じる他人」という想像上の「役割」から生じていると考えられるのならば、人間はもともとこうした想像を抱きやすい存在であり、現在のような特殊な状況によって混乱が生じたともいえないのである。

一方で、20世紀以降、現在のインターネットの普及に至るまでの多様なメディアの出現により、人びとは多数でありかつ多様な「他人の立場」とつねに向き合うこととなった。

ある意味では、映画を素直に真似する人びとのように、極度に想像を働かせてしまう状況に陥っているともいえる。つまり、現代の人びとのあいだに起こる「分断」は、他人と直接接触する機会が少ないといった”環境”に起因するものではない。

もともとの習慣として、メディアやSNSによる情報から、想像のレベルで「他人の立場」を自分のなかにつくり出し、その「立場」に反応するだけで、直接的なコミュニケーションをする機会を広げることが少ないためであると考えられる。

こうした極端な「他者の取り込み」は、いわゆる「自粛警察」のような他者への過激な行動にも関係する。実際の相手とやりとりするのではなく、匿名の状態で警告や処罰を先に下してしまうのも、結局は想像のうえで他人の立場をつくり出す一方で、「正しい自分」という役割取得に基づいて行動しているのである。

この傾向はネット上に見られる「炎上」などにも共通しており、非難をする側が役割取得によって獲得する「正義」の意識は、想像のなかでますます強固なものとなる。

相互行為論からすると、このような「他者の取り込み」は人びとのあいだで交換されるものとなり、みずから他人を非難する立場をとらなくても、「自分も非難の対象になるかもしれない」という立場をとることになる。

多くの人がマスクをすることにこれだけ注意を払うのも、結局はこうした「他人の立場」への配慮から、非難を避けるために行なっているとも考えられる。

したがって「意見の分断」が起きているというよりも、このような「他者の取り込み」による、想像上の過剰な「つながり方」のほうが問題だといえる。

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