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山極壽一「いまこそ“老人力”が必要だ」

2020年02月28日 公開

山極壽一(京都大学総長)

資本主義は行き詰まっている

――昨今は「一億総活躍社会」と言われるように、高齢者にも生産性を求める風潮が強まっているように思えます。

【山極】高齢者が働くこと自体には賛成です。ただし、高齢者の強みを活かすならば、生産性を前面に出して労働するべきではないでしょう。

現代社会では、行きすぎた資本主義により、生産性を過度に求める構造がつくり上げられました。それに伴う大きな問題は、仕事の数が増えすぎていること。

供給が需要を大幅に上回り、製品が過剰に生産されている。たんに売っても儲からないから、販売に付随する業務が細分化され、さらに不要な仕事が増えていく。

それらの仕事をAIやロボットに代替させれば、人間は創造性の高い仕事に打ち込めます。クリエイティビティとは、長く働けば良い結果が生まれるものではありません。労働時間と成果が必ずしも直結せず、生産性を測りにくい世界なのです。

労働以外にも、たとえばボランティアは多くの場合、対価ではなく、自分たちの生きがいを求めて取り組んでいますね。

1時間働くか、10時間働くかという時間に換算される対価よりも、誰かに感謝されることが動機になるわけです。そう考えるとやはり、生産性という言葉そのものが無意味になる時代が到来するかもしれません。

――ひたすら効率や利益を求める現在の資本主義は、限界を迎えているのでしょうか。

【山極】少なくとも、行き詰まっていると思いますね。大量の移民を受け入れているアメリカでさえ、リーマン・ショック(2008年)以降の経済成長率は3%を超えていない。日本に至ってはもはや2%にも満たない。

資本主義を採用する先進国がかえって成長できないのは、経済体制に何らかの問題があると考えるのが道理でしょう。アメリカも日本も物質的には豊かになったかもしれないけれど、本当の幸せを手にできたかは疑問です。

イギリスで名を馳せた経済学者のF・アーンスト・シューマッハーは、1973年に『スモール イズ ビューティフル』という本を上梓しました。同年に起きた石油危機を予言したことでも知られる名著ですが、刮目すべきはその予言ではありません。

世界が経済成長を謳歌する当時にあって、科学技術万能主義を金科玉条の如く掲げても、人びとは決して幸せにならないことを指摘した点です。

シューマッハーはビルマ(現在のミャンマー)の経済顧問を務めていたときに仏教に出合い、自利よりも利他を重んじる仏教経済学を提唱します。

資本主義への閉塞感がにじむいま、彼の思想を問い直すべきでしょう。資本主義は世界でいわば宗教のように定着しているけれど、その時代はもう終末を迎えつつあると考えたほうがよい。

―― 一方で、資本主義に終わりはないという見方も根強く存在します。 

【山極】個人の欲望には止め処がなくても、エネルギー問題や地球環境の破壊はすでに限界にきています。そこでキーワードになるのが「シェア(共有)」と「コモンズ(共同利用地)」です。

これまで人びとの価値は、その人物が所有する物で測られてきました。高価な服を着ているとか、良い車に乗っているとか。高級ホテルに泊まることも含まれるでしょう。これらがその人物の社会的価値を示し、同時に格差の象徴となってきました。

ですが、シェアすることが常識になれば、所有物で自らを必要以上に飾る必要性は薄まります。外車を購入して毎日乗り回さなくとも、1年に1回ライドシェアをすれば満足できるかもしれません。

もう1つのキーワードであるコモンズの典型は、大学です。いまの大学は国立も私立も、授業料を上げて教育の質を高める方向に進んでいます。

しかし本来、大学はまさにコモンズとして、自分の能力を向上するために誰もがアクセスできる場であるべきです。今後、複線型人生の時代が来るのであれば、何歳になっても学ぶことができる場がなおさら重要です。

大学という場を公共のコミュニティとしてデザインし直せば、あらためて社会の核となる存在に還るのではないかと考えています。

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