2020年02月28日 公開
写真:大島拓也
我が国で急速に進む高齢化とデジタル化。AI時代において、理想とされた人生の「ロールモデル」はもはや過去の産物となっているのかもしれない。
京都大学総長の山極壽一氏は、現代で大切になるのは「高齢者の時間感覚」だと述べる。“知の巨人”が語る、「老人力」とは。
本稿は月刊誌『Voice』2020年3月号、山極壽一氏の「死と生の『間』にいる高齢者の役割」より一部抜粋・編集したものです。
聞き手:編集部(中西史也)
――わが国では急速な人口減少と少子高齢化が進んでいます。いまや全人口の3割に迫る高齢者の役割が、あらためて問われているように思います。
【山極】ゆったりとした時間感覚への気付きを、世の中に与える。高齢者はそうした役割を果たしていくと考えています。
現代は「タイム・イズ・マネー(時は金なり)」、すなわち、経済の観点から時間をいかに効率よく使うかが求められている。
とくに都会では「直線」で時間が流れています。生産性が何よりも重視されているわけですが、それとは反対のベクトルにいて「円環」な時間を過ごしているのが高齢者です。
若いときのようにがむしゃらに働く必要はなく、ゆとりをもった時間感覚を有している。その意味では、存在しているだけで価値があると思います。
意外に思われるかもしれませんが、高齢者の時間の使い方は、霊長類学者として私が研究しているゴリラと似ている部分があります。
ゴリラは独りで何でもできる能力をもっているのに、つねに仲間と行動を共にし、プライベートな時間はいっさいない。そして、動きの鈍い者に同調します。
群れのなかで力のある者が先に進んでも、時間が経つと必ず戻って合流する。ゴリラの時間の使い方は、効率や生産性とは対極にあります。同様に高齢者も、生産性に追われる私たちの時間感覚に余裕をもたせてくれる存在なのです。
――昨今はデジタル技術の発達によって情報が溢れ、スピードや効率がつねに求められていますね。
【山極】ICT(情報通信技術)の時代には、いまある仕事の半分近くがロボットやAI(人工知能)に代替されるでしょう。すると、私たちは余暇を享受できます。
そのとき、われわれは「複線型」の人生を楽しむようになると思います。かつては、幼少期に発育し、学生時代に教育を受け、社会人として仕事に励み、定年後はのんびり過ごすという「単線型」の人生が一般的でした。
しかしこれからは、会社で働く時間は少なくなり、時間が余るので趣味に興じるライフスタイルが主流になるかもしれない。
さらにいえば、毎日会社に通わないため一つの地域に定住する必要がなくなり、複数の場所に住居を置くスタイルも出てくるのではないでしょうか。
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更新:11月21日 00:05