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SNS炎上にもつながる「多様性」議論を、天才哲学者マルクス・ガブリエルが考える

2020年02月21日 公開
2023年01月16日 更新

マルクス・ガブリエル(ドイツ・ボン大学教授)

マルクス・ガブリエル

哲学者バートランド・ラッセルの解決法とは

この有名な「噓つきのパラドックス」は、議論が尽くされていて解決法もたくさんありますが、一つシンプルなものとして、哲学者バートランド・ラッセルの解決法があります。

近代初のもっとも簡潔で見事な解決法の一つです。簡単に言うと、「2つの段階に分けよ」というものです。

第二段階の排除は問題ない、と考えます。多様性で言うと、第一段階の排除は、女性や黒人などのマイノリティを排除することに当たります。

第二段階の排除は、女性や黒人を排除する者たちを排除することです。第一段階の排除には排除者は含まれないが、第二段階の排除には排除者が含まれる。

2つの段階に分けたら、それぞれの集合には違いが生まれるのです。民主主義でも同じことが言えます。民主主義撲滅を掲げる政党を設けるべきか?答えはノーです。

不寛容な人にも敬意をもって寛容になるべきか?これもノーです。このように2つの段階に分けて考えることが、盤石の解決法となります。

ですから我々は、とりわけ民主主義では──これがパラドックスなのですが──いわゆる排除者を常に排除することになります。

誰かは排除される。ここに、二つの可能性が生まれます。第一段階で排除されて苦しむ(マイノリティの)人たちがいる。こんな状況はあってはならない。だから多様性を声高に叫ぶわけです。

そして多様性を進める結果、第一段階で被害者を作り出す加害者たちは、そうした行為をやめなければならなくなる。これのどこが問題なのでしょうか?

このように段階を二つに分けて状況をとらえたら、パラドックスは雲散霧消します。多様性に反対する人は、決してマイノリティなどではありませんが、たとえマジョリティだったとしても、彼らの訴えは鎮圧されるべきなのです。

彼らの声を尊重するべきではない。単純なことです。もし職場に「女性社員の数を減らすべきだ」という人がいたら、即刻排除されるべきでしょう。こういう人の声は、尊重すべき訴えかけではないからです。

 

間違いか否かを決める思考実験

私が提唱する「新しい実在論」では、すべての現実は「実在的(real)」であるとしています。そしてもちろん、現実は間違うこともある。こうした人の声は、実在的かつ間違いです。

では、それが「間違いか、否か」ということは誰が決めるのか──それが重要なところで、合理的な分析や、公開ディベートによって決まります。

非常に実在的で間違っている例を挙げましょう。レイシスト(人種差別主義者)でワーカホリックの、アメリカ中西部出身の若者です。このアメリカ人を例に、意思決定のプロセスを単純化してざっと追ってみましょう。

さて、マークという白人の若者が一人いる。裕福な家に生まれ、ハーバードかどこかの学位を持っている勝ち組の金持ちです。起業したいと思っていて、独身のゲイで、家族を持つことにはこれっぽっちも関心がない。

週に90時間も働いて、ウォール街を牛耳っている。プライベートではコカインを吸ってジムに行く。まさにアメリカン・ドリームです。

マークは、職場に女性社員がいることに猛反対している。女性社員は週に30時間しか働かず、いつか妊娠して職場を離れる。復帰したらしたで、四六時中託児所へ行っているので仕事が遅い。

女性社員のこんな働き方は会社を崩壊させるかのようにマークには思えます。こんなケースは実に多い。こういう物の考え方が、とんでもなく広まっています。

では、こうした女性社員を雇用しておくべきかと皆で話し合うことを想像しましょう。マークはどんな議論をするでしょうか。

きっと、こういう女性社員がいなかったら我が社はもっと生産的になる、などと言うと思います。そうしたら我々は、こう提案するのです。

よろしい、ではあなたのシナリオを思考実験で現実化してみましょう。職場から、女性社員を一人残らず排除しましょう。さあ、これで会社に女性はいなくなりました。

残ったのはハーバード出身の金髪たちだけです。ここでマークに次の質問をします。女性に投票権はあったほうがいいか?

マークは自分の立てたシナリオについてじっくり考えて、きっとこう言うでしょう。いいや、私のように社会を動かす人間が社会の方向性を決定するべきだ。

女どもを入れたら、俺たちの意思とは反対の人間に投票してしまう。それでは生産性はがた落ちだ、女性から投票権を剝奪せよ、と。

そしてマークに尋ねます。今君が頭に思い描く社会はどんなものかわかっているかい?と。そこでマークは初めて、それがほとんどナチスやファシズムのような社会であることに気付くのです。

しかもこれは、女性を会社から排除すべきだという最初の決定から、マークが論理的に導き出した結論です。自分の提案をじっくり検討したら、女性に投票権はいらないと言わざるを得ない。

論理が破綻しないように考えたら、そういう結論になるのです。女性が会社を崩壊させるなら民主主義にだっていい影響を及ぼすはずがないだろう?と、そう考えてしまいます。

女性に長らく参政権がなかったのは、そういう理由からです。このように考える人たちがいたからです。そこで、こういった物の考え方は、民主主義のプロセスを弱体化させることもわかるでしょう。

これは民主主義に逆行する論理を簡略化させた例で、実際はもっとたくさんの議論のステップを踏みます。非常に理想化、単純化され、バイアスがかかった話かもしれませんが、だいたい意思決定のプロセスがどのように進むかはわかるでしょう。

(訳・大野和基)

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