2019年09月13日 公開
2022年08月01日 更新
「3歳までは母親がつきっきりで子育てすべき」といった言説がよく聞かれる。実際、安倍政権は過去に「育休3年制」を提起した。しかし、東京大学経済学部准教授で、結婚・出産・子育てなどをデータ分析の手法から研究する山口慎太郎氏は、育休は現行の1年間がよいと語る。
※本稿は月刊誌『Voice』(2019年10月号)、「著者に聞く」山口慎太郎氏の『「家族の幸せ」の経済学』より一部抜粋、編集したものです。
聞き手:編集部(中西史也)
――安倍政権は2013年に、育休期間を1年から3年に延長することを提起したものの、経営者、労働者いずれからも不評で、頓挫しました。「育休3年制」をどう評価しますか。
【山口】 私は、育休は3年も必要なく、現行の1年間でよいと考えています。ここでは経済学の理論とデータ分析を活用することができます。
既存のデータを数理モデル化したうえで、「育休3年制」が導入された場合、女性の出産や就業行動がいかに変化したかをシミュレーションするのです。
その結果、育休制度がない場合と比べて、現在の1年間の制度は、出産5年後に仕事をしている母親の割合を50~60%ほど引き上げることがわかりました。
ところが現行制度を変更し、育休期間を3年間に延長しても、母親の就業はほとんど変わらないことが確認されています。
育休を3年間にしても大きな効果が得られないと予想されるのは、そもそも多くの人は育休を3年も必要としていないからです。
――それはなぜでしょうか。
【山口】 育休期間中には、最初の半年に休業前賃金の67%、そのあとは50%の給付金が支払われます。
しかし給付金がもらえるといっても、その月額には上限が設けられており、通常どおり働いているときより所得は下がります。また高度な専門職の人は、職業上の能力が落ちてしまう懸念もあるでしょう。
――営業職であれば、顧客との関係継続にも支障が出かねませんね。
【山口】 加えて、子供は1歳を超えると、家族以外の人と接することで社会性を身に付けていきます。育休が3年にも及ぶと、子供が母親と接する機会は増える一方、家族以外との関わりが薄れてしまいます。
さらに、経営者側の観点からも考えられます。育休3年制を法的に導入すれば、そのために企業側はバックアップ体制を整えようとするでしょう。
しかし、育休取得者が会社に戻ってきたあとの配置転換など、企業に一定の負担がかかることは否めません。
すると雇用の段階から、「3年間休まれるのであれば、雇うのは難しい」という負のインセンティブが経営者側に働いてしまいます。
育休取得者のためによかれと思って行なった政策が、皮肉にも女性の社会進出を阻害しかねないのです。
――育休期間については、子供、労働者、経営者など、多角的な視点から検討する必要があるのですね。
【山口】 母親の就業や子供の発達を考えるのであれば、育休期間の延長ではなく、保育所をもっと充実させるべきです。
保育所を増やすことは母親の就業を促進するとともに、子供の発達にも寄与します。育休のみならず、こうした次世代に対する投資に目を向けるべきでしょう。
更新:10月09日 00:05