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養老孟司「天皇制は文化と政治両輪の象徴」

2018年06月27日 公開
2022年06月27日 更新

養老孟司(解剖学者)

「小泉内閣の功罪」

まず年号である。この年号が発表されたときのテレビのニュースを覚えている。当時の小渕恵三官房長官が、「平成」と毛筆で書いた巻紙を開いて、カメラに向けた。ホウ、平成かあ。そう思ったが、それだけ。でもなぜか、これが記憶に焼き付いた。

小渕さんの実直そうな見掛けが、平成に何となく似合っている。そう感じたからかもしれない。小渕元首相は私と同年だったとのちに知った。あのころは私は50歳を超え、いわゆる働き盛り、日常の仕事に追われ、新しい年号に関して特別な感慨があったわけではない。

実体でいうなら、平成という代わりに、ここ30年といっても同じである。ただ年号が変わると、時代が変わったような気がする。その点では、元号が変わることは、元旦に似ている。

元旦は他の日ととくに変わりがあるわけではない。でもそうした区切りがないと、時はのっぺらぼうに過ぎてしまう。ただし元旦には季節の推移という自然の循環が基礎にあるが、年号にはそれがない。まったく人為的である。

平成7年、阪神・淡路大震災があった。当時、神戸在住の人が研究生として解剖学教室に来ていた。その人が震災の報告に来た際、こうなった以上は陛下に辞めていただくしかありませんな、と口走ったのを覚えている。

これはちょっと極端だが、年号というのは、たとえばそうした心理にも関係するのかな、と思う。古くは災厄があっても、瑞祥があっても、年号を変えることがあった。

現代では年号は不用だという意見もおそらくあろう。でも、煩雑とはいえ、余分なものが多層的に存在しているのが文化だとすれば、年号には文化財として保存する価値がありそうである。

私は天皇制自体をそう思っている。べつに天皇制を軽く見ているということではない。文化鍋や文化住宅ではない、本来その社会にあるべきものとしての文化を、経済性、合理性、効率性、あるいはその時代の人の考えより、重視しているだけである。

天皇制は政治面から扱われることが多い。しかし文化伝統と政治は、その社会の車の両輪である。天皇制はその両輪を象徴している。政治家がおよそ文化的とは思われなくなったのは、いつごろからだろうか。

間違いなく平成以前からであろう。以前から同額だったという文化庁関係の予算を増やしたのは、平成13年に成立した小泉内閣であり、さらにそれ以後まったく増えていない。文化庁関係の人にそう聞いたことがある。

「小泉内閣の功罪」がネット上で論じられているのを調べてみたが、文化予算に触れたものには気付かなかった。要するに政治に比較したら、日本国民にとって、文化はどうでもいいものらしい。その意味で日本を「文化国家」ということはできない。

オリンピックをめざして、平成23年にはスポーツ基本法が制定され、27年にはスポーツ庁が創設された。スポーツを通じて「国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む」ことができる社会の実現をめざす、という。

身体強健な男子の教育は、戦前は軍に任されていた。海軍兵学校、陸軍士官学校の地位を考えればわかる。つまるところ国家は身体を統制しようとするものである。

子どものころから私はそれが嫌いだった。子どものころに「大きくなったら、何になりたい」と大人に訊かれて、「兵隊さんはイヤ」と答えていた覚えがある。模範解答が「兵隊さん」だと心得ていたからである。

たんに私がへそ曲がりだっただけのことだが、この感覚はいまでも抜けていない。北朝鮮の人文字を見ると、背筋が寒くなる。念のためだが、スポーツ庁の予算額は、当然ながら文化庁より多い。文化は国家統制の対象になりにくい。

スポーツ庁創設の背景には、東京オリンピックがある。東京の後はいいとして、その後が決まらないという。国威発揚としてのオリンピックはもはや煮詰まった可能性がある。

国威発揚なら、北朝鮮型もあるとわかってしまった。政治家としては、どちらにお金を使いたいのだろうか。どうせどちらも国家のコマーシャルみたいなものだと私は思っている。

(本稿は『Voice』2018年1月号、養老孟司氏の「『平成』を振り返る」を一部抜粋、編集したものです)

著者紹介

養老孟司(ようろう・たけし)

解剖学者

1937年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、ベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)ほか多数。

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