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9月入学導入の前提条件

2012年02月07日 公開
2023年09月15日 更新

亀田徹(政策シンクタンクPHP総研教育マネジメント研究センター長)

 東京大学が9月入学への移行を提言する学内懇談会の中間まとめを公表した。5年後に移行することを目途に今後さらに検討をすすめるという。中間まとめでは、9月入学のメリットとして学生の海外留学の促進をあげる。しかし、海外に出ていく学生を増やすには、入学時期の変更より先に取り組むべき課題があるのではないか。

 9月入学については、これまでも政府の審議会などで提案されてきた。平成19年には、教育再生会議の報告に基づき、大学における学年の始期は学長の判断で定めるとの規定が学校教育法施行規則に盛り込まれた。昨年6月のグローバル人材育成推進会議の中間報告でも9月入学が提言されている。現状では、4月以外の時期に部分的に学生を受け入れる大学はあるものの、学部段階で全面的に9月入学に移行した大学はないようだ。
 今回、東大が9月入学への全面移行を打ち出したことで注目を集めた。東大の動きにあわせて他の大学も検討に参加するとのことだ。政府も対応を検討しはじめたという。

 9月入学の目的はなにか。東大の中間まとめは、メリットとして「学期の途中に長期休業期間が入らない」、「高校卒業から大学入学までに空白期間が生じる」ので「ギャップイヤーとして有効に活用」などいくつかの点をあげつつ、「利点の筆頭」に「日本人学生が海外留学に挑戦しやすい環境をつくることの意義」を掲げる。
 現行の4月入学が海外留学の障害になっていると中間まとめは主張する。留学を妨げる障害について国立大学協会が各大学に質問したところ、「帰国後、留年する可能性が大きい」という回答が最多であったとのデータなどをその根拠として示す。

 だが、別の調査では異なる結果が表れている。東大や北大など8大学の工学系学部で構成される委員会の調査によれば、海外留学の阻害要因のうち「大きな問題である」と回答した学生の割合が最も多かったのが「渡航費や滞在費」(55%)、次いで「語学力の不足」(51%)であり、「卒業が遅れる」(24%)は全8項目のうちの5番目であった(8大学工学教育プログラム・グローバル化推進委員会第3分科会「日本人学生の留学に関する意識調査」2009年)。
 語学力や留学費用なども入学時期と並んで大きな阻害要因ということだ。「海外留学を阻害する要因は様々である」と東大の中間まとめも認める。

 したがって、語学力向上や学生への経済的支援などの方策をセットで実施しなければ、入学時期は変更したけれども状況は変わらないという結果に陥りかねない。経済界からも大学における教育内容の改善を求める声があがっている。
 語学や奨学金に関する方策は大学独自の努力によって具体化できる。他方、入学時期の変更は社会全体に大きな影響を与える。とすれば、順序としては、大学側で可能な限り海外留学しやすい環境をつくったうえで社会の側に対応を求めるべきであろう。
 まず語学教育のレベルアップや奨学金制度の拡充を大学側が実現させて成果を出す。それが9月入学導入の前提条件だ。

 東大が目指すグローバル人材の育成は、日本の将来にとっても欠かせない。だからこそ、真に効果を生む改革を大学に期待したい。

(2012年2月6日掲載。*無断転載禁止)
 

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