2012年01月30日 公開
2023年09月15日 更新
北京に住んでいる友人から「今年は爆竹も花火も少なくて、やや寂しい春節(旧正月)だった」というメッセージが届いた。春節前、北京のメディアなどは市民に対し、大気汚染を軽減するため花火や爆竹を控えるよう呼びかけを行っており、その影響ではないかと思われる。
周知の通り、北京の大気汚染は深刻な状況で、筆者も出張時に喉を痛めて夜も眠れず、短期間の滞在でも十分に人体に有害であることが実感できるほどである。2008年の北京オリンピック前には車輌制限や北京市近郊の工場操業停止などを行い、開催時にはIOC(国際オリンピック委員会)も改善の努力を評価するほど、北京の空気はきれいになった。しかし、オリンピックが終わると再び大気汚染が進行しはじめ、今では靄がかかったようなスモッグが発生する日が続く。北京のアメリカ大使館が、汚染を計測する機器を大使館に持ち込んで結果を測定・公表しているが、「人体に有害」、あるいはそれより悪い測定結果が目立つ。北京市環境保護局は、アメリカ大使館の計測結果に抗議しており、対抗して大気汚染度を発表しているが、アメリカ大使館が非常に深刻な結果を発表しているときも、「軽度の汚染」という結果を発表しており、両者の計測結果には開きがある。測定している物質が異なっているためでもあるが、北京市民でも、「軽度の汚染」という測定結果を信じる人はほとんどいない。
中国の経済発展と北京オリンピックは、北京の現代化を加速させた。たった十年で、地下鉄は3路線から15路線へ、自転車の数は減り、以前は混雑していたバスがそれほど混まないようになって、代わりにラッシュ時の地下鉄の混雑は東京のようになっている。まるでタイムマシンに乗って、街の変化を早送りで見ているような感覚に襲われるが、変わらない、というより以前よりひどくなっているのが車の渋滞である。豊かになった北京の中産階級の人々は自家用車で出勤し、若い人々は自転車やバスでなくタクシーを使う。ガソリンや車の保険料金、タクシー料金を値上げすればと思うが、中国政府はインフレ対策に躍起になっており、何より、庶民の不評を買う政策に弱腰である。
中国の環境問題の深刻さは今に始まったことではない。役人の評価基準には環境対策が盛り込まれており、2011年から始まった第12期5ヵ年計画でも環境への配慮がさらに重視されるなど、中国の政策担当者も、環境問題の重要さや深刻さは理解している。地方で起こっている水の汚染や砂漠化は、文字通り人々の生存を脅かす問題となっており、政治体制を揺るがす原因になりかねない。しかし、中国は国際会議などで環境問題への一層の取り組みを求められると「環境問題は重要だが、中国はまだ発展途上国なので、まず発展が優先される」という回答をしてきた。そして、中国の都市部に住む人々も、環境問題が重要だということを認識はしていても、実際に深刻な事態に直面している地方の人々の問題を親身になって感じることはなかった。「環境問題も大事だが、経済成長のために仕方がない」と考えていたのである。
北京の大気汚染は市民にとって憂慮すべき問題であり、この都市に愛着をもつ筆者としても残念なのだが、しかし一方で、これでようやく環境問題への態度が変わるかもしれないという期待もある。首都たる北京で、人々が実際に喉の痛みや頭痛に悩まされるようになり、濃霧(スモッグ)のため頻発する飛行機の遅延などで不便を感じるようになった。環境問題が、頭で理解しているだけでなく、実感として感じられる問題になったのである。
「環境問題を重視しろ」と外国(先進国)から言われるとき、おそらく少なからぬ中国人は、斜に構える態度を崩せなかったであろう。しかし、それが北京で、相当に豊かになった人々にとって深刻な問題となるに至り、ようやく中国の環境政策がより実効的なものとなる契機になるかもしれないとも思うのである。
(2012年1月30日掲載。*無断転載禁止)
更新:11月23日 00:05