2017年09月01日 公開
2017年09月04日 更新
IMF(国際通貨基金)は2016年8月、IMFは中国経済に関する年次の評価レポートを発表した。消費や内需 が主導する経済への転換が進んでいることなどは評価しているのだが、一方で債務が急速に増大しつつあることについて、異例の警告を発したのだ。
下記の図は、「債務総額/名目GDP」の比率を用いて、中国の債務増大の様子を過去の他国の事例と比較するために、IMFが作成したものだ。中国の債務/GDP比が急速に伸びているのがわかる。IMFは「この比率が急上昇した過去の他の国は、みなハードランディング(経済急落)に見舞われた。中国も早くこの軌跡から離れる努力をしないと、同じ運命を辿るぞ」と警告したのだ。
しかし、私はIMFの意見にも全面的賛同はできない。1991年のバブル崩壊後の日本の落ち込みは緩慢であり、これを「ハードランディング」と形容するのは違和感がある。それは1990年代後半に日本経済を襲った「バランスシート不況」による経済落ち込みを政府の公共投資拡大で穴埋めしたからだ(「オレは世界一の借金王だ」と自嘲した故小渕恵三総理の時代だから「オブチノミクス」と呼ぼう)。不動産バブルの崩壊の後遺症は深刻だったが、この政策のおかげで、日本の街に失業者が溢れたりすることはなかった。 こうして日本は経済や社会の安定を保つことに成功したが、その代償が財政赤字の急膨張である。IMFは企業・政府・家計を合算した中国の総債務/GDP比率が250% を超えたことに警鐘を鳴らしたが、日本の数字は380%、しかも政府の債務は今も増え続けているのである。
世界の経済学者が首をかしげるのは、日本がこれだけの借金を積み上げながら経済危機に陥らないでいることだ。おそらく、そこには幾つかの理由がある。 第1は、日本が依然として世界1の純債権大国、つまりお金を貸す側であって、海外から借金をする必要がないことだ(国債の消化を海外の金に頼らざるを得なくなると、ドライな海外投資家の厳しい目線に晒されて金利が急騰しやすく、したがって債務の雪だるま現象が起きやすくなる)。第2は、日本の借金は、経済主体の中でも債務累積にいちばん抵抗力のある中央財政に集中的に溜まっていることだ。 第3は、日本ではかれこれ20年間ゼロ金利に近い状態が続いており、債務の雪だるま現象が起きにくいことだ。
IMFは「債務が急増している中国経済はハードランディングする危険がある」と警告したが、私の見方はやや違う。それは、いまの中国が上に述べたような意味で、1990年代の日本の軌跡をなぞっているように見え、日本と同様、今後なだらかな下降曲線を辿る可能性があるように思えるからだ。「債務過剰問題のせいで、中国経済は早晩崩壊の危機に瀕する」というなら、日本経済が先に沈没していないと理屈が通らない。
そう言うと、「日本の借金は中央政府に集中しているのに対して、中国は企業に債務が集中しているので、事情が異なるのではないか」と疑問を呈す人もいるだろう。
たしかに、下図を見ると、政府債務が累増する日本のグラフ(前掲)とは対照的に、中国で債務が集中しているのは中央政府よりも脆弱な企業セクターだ。 しかし、ここで言う「非金融企業」には、国有企業や地方政府の直系子会社が多数含まれている。そもそも中国で「お金をたくさん借りる経済」の側にいる、つまり大枚の金を借りられたのは主として特権的な国有企業であり、民間企業でお金をたくさん借りられたのは、お上とのコネと土地担保に恵まれた不動産企業くらいのものだ。
つまり、上記グラフにいう「非金融企業債務」には、実体的には地方政府に代わって資金 調達を行う融資プラットフォームや国有企業など、最終的には当該企業を管轄する政府部門 が陰に陽に保証・代位弁済することが見込まれる「準政府債務」が多数含まれているのだ。 したがって、このグラフに示される「非金融企業債務」の急増を他の国における企業債務急増と同視するのは誤解の元である。
ともかく、「中国経済が今にも崩壊する」かのような見方は極端すぎるが、「6・5%以上」の成長を目指すような従来の政策を続ければ、どんどん中国の未来が犠牲になるのは確かである。バブル崩壊の現実を見据えて、早急に舵を切るべきであろう。
以上のように、私は「中国経済が早晩崩壊する」という見方には与しないが、他方で「早晩米国のGDPを追い抜く」という楽観論にも与しない。後者はバブル後のバランスシート劣化の問題やリストラが進まずに中国経済の未来をますます食い荒らしているゾンビ国有経済の問題を軽く見過ぎている。ほかにも中国経済の将来を展望するには為替と資本移動の問題、少子高齢化が経済に及ぼす長期的な問題を論ずる必要があるが、これらについては前掲拙著をお読みいただければ幸甚である。
更新:11月23日 00:05