このように歴史的に見たとき、日本では数多くの要人暗殺テロが発生してきたことを見落としてはならない。そしてそのテロリズムが発生する政治的風土や、それに道徳的観念や正義を見いだす精神的風土が日本には存在していたのである。
そして、その環境は現在も決して変わってはいない。現代の自民党安倍政権誕生以降も、特定秘密保護法をはじめ安全保障法制、そして現在のテロ等準備罪などのアジェンダ(議題)に対して国会周辺等で大規模な反対デモも発生した。また沖縄を中心とした米軍基地への反対闘争、反原発運動などのイシュー(論点)で局所的な政治的闘争は存在している。こうした政治的闘争は、現代の日本においてきわめて民主的で合法的な手段を用いた社会運動として定着していることも事実である。
しかしながら、最悪の事態を想定する危機管理の観点からみれば、また60年代、70年代において学生運動やマルクス主義運動が過激化して多くの爆弾テロやハイジャックなどの事件を引き起こした歴史的事例をみれば、社会運動が過激化した結果としてテロリズムが発生する可能性は決してゼロではない。本来、民主的かつ合法的であった政治運動から逸脱した一部の「過激化(radicalization)」という現象がテロリズムに結び付くプロセスは現代においても見逃してはならない。
また、国際テロリズムや国際安全保障の文脈においても日本の要人がテロリズムの標的となるリスクは高まっている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、これまでのオリンピックなど国際的メディアイベントがそうであったように、テロリズムの標的になる可能性が高く、東京五輪に向けた日本のテロ対策の強化が求められている。さらに「イスラム国」による欧米各国へのグローバル・ジハードはまだ終結しておらず、世界のどこでイスラム過激派によるテロリズムが起きてもおかしくない状況はいまだ続いている。北朝鮮の核実験・ミサイル実験や、中国による尖閣諸島、南シナ海への侵出など、東アジアをめぐる国際安全保障環境も緊張状態にある。
このような時代状況と国際環境を踏まえたとき、また現代テロの特徴であるソフトターゲットを狙った無差別テロへ意識が向かっている現在こそ、要人暗殺テロへの備えに綻びが発生する可能性がある。いまこそ、本来テロリズムの王道であった要人暗殺テロへの備えと予防策を強化すべきである。
要人暗殺テロを防止するためには、その①「リスク源(risk source)」となる問題や組織の洗い出しが第一歩となる。そしてそれらの問題や原因によってテロが発生する可能性があることを②「リスク認知(risk perception)」し、さまざまな情報分析により③「リスク評価(risk assessment)」を実施しなければならない。そうして得られた要人暗殺テロのシナリオや想定に対して、具体的な④「リスク管理(risk management)」を実施し、国内外に幅広くアピールする⑤「リスク・コミュニケーション(risk communication)」が重要となる。このプロセス全体がテロ対策をめぐる危機管理である。そこで重要な鍵となるのは情報活動、諜報活動とも訳される「インテリジェンス(intelligence)」である。
想定されるシナリオには多様なケースが存在する。しかし日本の要人暗殺テロにおいて、リスクとして可能性が高いのは次の2つのケースであろう。1つ目は「日本国内のメディアイベントで警備状況が手薄になるケース」であり、2つ目は「国外の外遊時に外国勢力に狙われるケース」である。
本来、いずれも警察や治安機関により警備態勢が強化されている状況にあるはずであるが、その警備が一瞬緩むポイント、タイミングが発生したときに要人暗殺テロが発生する余地が生まれる。あえて具体的なシナリオで示せば、とくに危険なのは要人が小規模な文化的催しに参加して一般人と交流し、その様子をテレビや新聞などのメディアに公開してアピールしようとするようなケースである。
そこで使用されるテロの道具は、蓋然性としては爆弾や銃器、刀剣などの一般的に普及していて利用しやすい兵器である可能性が高いが、同時にこれらの道具は金属探知機や手荷物検査で発見しやすく失敗する可能性も高くなる。反対に、サリンやVXガスなどの液体、炭疽菌などのように粉末状にできるもの、放射性物質などのNBC兵器は、入手や製造が困難であったとしても、探知機や手荷物検査で発見しにくいという条件から、こうしたNBCテロやCBRNE(化学・生物・放射性物質・核・爆発物)テロは事前に防止するのが困難であるという理由で大きな脅威となる。
更新:11月23日 00:05