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X国のテロから首相を守るには

2017年05月08日 公開
2022年07月08日 更新

福田充(日本大学危機管理学部教授) 

要人暗殺テロの系譜

金正男殺害事件は、首相や大統領といった要人ではないものの、北朝鮮にとって影響力をもつ人物が殺害されたという意味で、要人暗殺テロの亜種であるといってよい。これまで一国の首相や大統領などのリーダーが国内の勢力によって暗殺された事例や、命を狙われた事例は数多く存在する。

戦後でも有名な事例として、ケネディ大統領は1963年テキサス州ダラスでパレード中に銃撃され暗殺された。この映像は、初めての国際テレビ中継映像として日本に伝えられた。犯人とされたオズワルド容疑者も警察署内で銃撃されて死亡する展開に、この事件の真相はいまだに議論が続いている。このほかにも81年にはレーガン大統領暗殺未遂事件が起きるなど、アメリカの大統領はリンカーン大統領をはじめ、つねにテロリズムの対象となってきた歴史がある。

そのほかにもエジプトのサダト大統領は81年、戦勝記念パレードの観閲中にジハード団の将校により暗殺された。イスラエルとの和平実現に反対するイスラム原理主義集団による犯行であった。韓国の朴正熙大統領は79年にソウルで殺害された。韓国中央情報部(KCIA)部長による暗殺事件であった。このように、国家権力の中枢にいる大統領や首相が国内勢力のテロリズムによって殺害されるケースは世界各国で発生している。

しかしながら、国家の要人が国外の勢力によって暗殺された事例や、その未遂事件はそれほど多くない。同じく韓国の事例でいえば、83年のラングーン爆弾テロ事件において、ビルマのラングーンを訪問中であった全斗煥大統領が北朝鮮工作員によって狙われた爆破事件が発生したが未遂に終わった。韓国では同様に、68年にも北朝鮮ゲリラによる朴正熙大統領を標的とした青瓦台襲撃未遂事件が発生している。

要人暗殺テロは、時代を超えていつの時代にも発生してきた最も古いテロリズムの形態の1つであるが、現代において要人暗殺テロの発生が減少した要因の1つは、テロ対策など要人の警備が強化されたことにより、テロ組織やテロリストが武器や兵器を持って要人を直接攻撃することが困難になったことである。

 

テロリズムに道徳を見出す日本人

テロリズムという概念が存在しなかった時代から、要人暗殺は歴史的に繰り返されてきた。それは日本の歴史においても同じである。

犬養毅首相が青年将校に殺害された5・15事件は、テロリズムという概念が一般化していなかった当時は使用されていなかったものの、現代的な観点でみれば要人暗殺テロである。青年将校を「話せばわかる」と説得しようとした犬養首相に対して「問答無用」と答えて銃撃した青年将校の行動は、まさに言論を封殺するテロリズムである。陸軍青年将校によるクーデター未遂となった2・26事件も同様に要人暗殺テロに分類できる。襲撃された岡田啓介首相は難を逃れたものの、高橋是清大蔵大臣や斎藤実内大臣ら政府要人が暗殺された。これらはいずれも軍人によるテロリズムであり、当時すでに崩壊していたシヴィリアン・コントロールを完全に破壊する行為であった。しかしながら、これらの要人暗殺でさえも、テロリズムの政治的動機(たとえば「昭和維新・尊皇討奸」というスローガン)に情状酌量や同情の余地があれば、その行動の源にある正義を斟酌するという心的態度が日本人にあることも事実である。

さらに歴史をさかのぼっても、幕末の江戸で発生した桜田門外の変も水戸脱藩浪士による大老・井伊直弼の殺害事件であり、これも現代的に考えれば、政治的目的を達成するための要人暗殺テロである。しかしながら、安政の大獄で吉田松陰や橋本左内など多くの志士を処刑した大老に天誅を下した水戸脱藩浪士に対して義挙として賞賛する立場、明治維新の先駆けとする見方も日本人のなかにあることを忘れてはならない。

さらにいえば「忠臣蔵」で知られる元禄赤穂事件も、取りつぶされた浅野家の赤穂浪士四十七士が幕府の重鎮である吉良上野介を襲撃して殺害するという重大事件であり、現代的な視点で考えれば要人暗殺テロ以外の何ものでもない。しかし主君への忠義と仇討ちという日本人の心の琴線に触れる物語として、歌舞伎やドラマ、映画のキラーコンテンツとして現代まで人びとに親しまれていることは周知の事実である。

テロリズムを罰する法治主義的態度の観点と、そこに正義や忠義の道徳的態度を見出す観点が分離して相克しているのが日本人のテロリズム、とくに要人暗殺テロに対する心的態度の複雑さを形成している。

日本の初代内閣総理大臣となった伊藤博文も晩年の韓国統監辞任後に、ハルビンで朝鮮の独立運動家の安重根に殺害された。この事件は日本側から見ると明治維新の元勲を殺された要人暗殺テロと考えることができるが、朝鮮から見ると犯人の安重根は日本からの独立運動の英雄として讃えられている。このように政治的動機の伴うテロリズムは、国や民族の立場が変わると、要人暗殺テロというラベリングと、民族解放運動や革命といったラベリングとがせめぎ合う解釈の闘争が発生する現象なのである。

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著者紹介

福田 充(ふくだ・みつる)

日本大学危機管理学部教授

1969年、兵庫県生まれ。99年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員、日本大学法学部教授などを経て、2016年4月より現職。

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