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丸谷元人 イラン戦争勃発の危機

2017年01月30日 公開
2022年12月19日 更新

丸谷元人(ジャーナリスト/危機管理コンサルタント)

ロシアとトルコに接近するイスラエル

 しかし、いくらトランプ大統領がイランとの核合意を破棄するといった強硬な姿勢を示したとしても、この合意は6カ国共同のものであり、米国の反対だけでは、それほどの効果は期待しえない。そうなれば、影響力のある別の国をも引き入れる必要があるが、欧州各国はイスラエル軍が占領を続けるパレスチナ入植地で生産されたいっさいの製品をボイコットする不買運動を続けており、またイランに対してもそれほど影響力を有さない。そこで残ったのがロシアであった。

 15年10月、ロシアはカスピ海に展開させた駆逐艦から巡航ミサイルを発射し、ISの拠点を攻撃したが、それらのミサイルはすべてイラン上空を通過しているし、ロシア空軍の爆撃機は一時期イラン国内の空軍基地から出撃し、シリア領内を爆撃していた。長年経済封鎖を受け、かつISの脅威に直面しているイランは、そんなロシアにだけは「NO」を突き付けられないのである。

 ネタニヤフ氏はこの力関係を認識しており、この1年のあいだにモスクワを複数回訪問し、プーチン大統領と緊密な対話を行なっている。一方、プーチン大統領にとってもイスラエルとの関係強化は重要で、CIAによる支援があると噂されているチェチェンのイスラム系武装組織の情報や、著名投資家のジョージ・ソロス氏(大統領選挙ではヒラリー氏を支援)によって秘密の工作資金を受けているとの指摘もあるウクライナの反露勢力や国内の反プーチン運動勢力に関する情報を大量に得ることに繋がる。ちなみに、ソロス氏自身はユダヤ人ではあるが、イスラエルの右派と対立しており、イスラエルの主要新聞からも批判されている。つまり、敵の敵は味方というわけだ。

 その他にも、イスラエルには米国が1974年に導入した「ジャクソン=バニク修正条項」によってソ連(当時)から100万人以上のユダヤ人が移住したが、ロシア国内にいまもその親族が多く存在しており、プーチン大統領としてもその影響力は無視できない。

 ネタニヤフ首相は、ロシアに加えてさらにトルコを活用したいと考えている。イスラエルとトルコの関係は、2010年に発生したイスラエル軍による国際支援船の襲撃事件(トルコ人10人が死亡)以降、6年以上も冷え込んでいたが、両国は最近になって、ネタニヤフ氏がエルドアン大統領に「謝罪」することで和解を達成した。一方、トルコ空軍によるロシア軍機撃墜事件で緊迫した両国関係打開のため、プーチン大統領に対して「謝罪」するようにエルドアンに対して働きかけたのもネタニヤフ氏だといわれている。この背景には、トルコ国内を通過する欧州向けガスパイプラインや、イスラエル産天然ガスの輸出に関する思惑も大きく絡んでいる。

 

反発するイラン

 イランは、こんなイスラエルの動きに警戒を強めている。まず、16年8月にはイラン中部フォルドゥの原子力施設付近に、ロシア製S300地対空ミサイルを配備(『産経新聞』16年8月29日)し、またシリア国内に数10万もの革命防衛隊民兵組織「バシージ」を派遣し、イスラエルとサウジを牽制するため、シリアとイエメンに海軍基地をつくる計画を明らかにした。

 イランは一方で、イスラエルと一気に仲直りをしたトルコに対しても不満をもっているだろう。そのせいかどうかわからないが、16年11月には、シリア国内で作戦活動を行なっていたトルコ軍兵士4人が「イラン製ドローン」による攻撃を受けて戦死した。このドローンは、同じくシリア国内で活動するイラン革命防衛隊特殊部隊とヒズボラが運用しているタイプである。イランは、じつは数年前に領空に侵入して不時着した米国製ドローンをほぼ無傷で捕獲しており、それらの技術をも入手しているはずだから、これは大いにありうる話だ。

 イランは一方で、米ボーイング社から2兆円近く払って旅客機を購入したり、トランプ政権始動の前に、核合意の内容を強化しようとする動きをも見せているが、最高指導者ハメネイ師は「米国が合意を反故にするなら、イランが合意に固執することはない」といった強気の姿勢を崩していない(『産経新聞』16年11月9日)。

 そもそも、イランの対米不信は非常に根深い。元駐独イラン大使であり、のちにイラン政府の核協議団を率いたホセイン・ムーサヴィヤーン博士(現プリンストン大学客員研究員)は、イラン人がもつ米国への対米不信の根幹は、民主的に選ばれたモサデク首相を53年に追放したクーデターを米国が背後で組織した事件に始まり、その後にパーレビ独裁政権を押し付け(著者注:CIAが訓練した秘密警察SAVAKが数10万の反政府運動家を殺害した)、イラン・イラク戦争で仇敵イラクを支援し、そのあいだに何度もイランの政権転覆を試みた過去60年の米国の政策にある、と言い切っている。

 つまるところ、今日の中東情勢の混乱をつくり上げた最大の原因は、英米による勝手な中東分断統治政策にあるわけだが、その残滓にイラン人は強く反発し、抵抗しているのだ。イスラエルの元国防大臣エドワード・バラック氏は、かつて米公共放送の取材に対し、「自分がイラン人であったら、おそらく核兵器を開発しただろう」と発言しているが、そんな欧米諸国の横暴と、何世紀にもわたる差別的待遇に苦しんでいるのは、シオニストを含むユダヤ人たちも同様であろう。

 

イラン戦争勃発か、あるいは大統領暗殺か

 すでに一部では、核合意破棄を掲げ、イスラエルときわめて近いトランプ大統領がイラン核施設を攻撃するのでは、という憶測も流れ始めているが、そうなればイラン戦争が勃発し、中東の情勢は激変する。無論、ユダヤ人も決して一枚岩ではなく、在米ユダヤ人のなかには、いまのイスラエルの在り方やシオニズム運動そのものに疑問を覚える者も多いというが、米国政治は今回の選挙で再びイスラエル右派に牛耳られようとしている。

 イラン戦争勃発の可能性は日本にとっても決して他人事ではない。日本は今日もなお国内の石油消費量の約1割をイラン産に依存しており、また多くの日本企業が、人口7000万の巨大なイラン市場の可能性に気付き、経済制裁解除後の参入の準備を進めてきた。

 一方のイランは、最近公開された映画『海賊とよばれた男』にもあるとおり、かつて英国の支配下で苦しかった時代に、王道を貫いた日本(出光石油)だけが手を差し伸べたことに深く感謝しており、またドラマ『おしん』『水戸黄門』や漫画『一休さん』などを通じて日本に大きな親しみをもつ人が多い。

 もし仮にイラン戦争が開始された場合、かつて安倍政権が集団的自衛権行使のために持ち出したにすぎない「自衛隊によるホルムズ海峡の機雷除去任務」が、日本政府自体がまったく想定していなかった形態において実現する可能性さえ出てくるであろう。このとき、日本は中東最大の親日国を完全に敵に回すことになる。

 トランプ大統領がイスラエル右派の望みをそのまま叶えるなら、核協議は暗礁に乗り上げるだけでなく、イラン戦争が一気に現実味を増すだろう。あるいはその反対に、もし大統領が本物の愛国者として徹頭徹尾「米国ファースト」を追求するのだとしたら、自分をその地位に押し上げてくれた恩義あるシオニストの人びとに対し、いずれ「NO」を突き付けねばならない日がやって来ることになる。支援者たちがその行為を「裏切り」と見なした場合には、大統領の政治生命を奪いかねない一大スキャンダルのリークや、暗殺の可能性さえありうるだろう。トランプ大統領がこれをどう舵取りするのか、予断を許さない状況が今後しばらく続くに違いない。

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