2011年08月24日 公開
2023年09月15日 更新
8月15日、政府は来年4月に設立する原子力安全庁の基本方針を閣議決定しました。東日本大震災による東京電力福島第一原発の事故で、政府の対応が後手に回ったことは、原子力行政に対する国民不安を招きました。原子力安全庁の設立後、わが国の原子力行政はどのように変わるのでしょうか。
原子力安全庁は、経済産業省の原子力安全・保安院から原子力安全規制部門を分離し、内閣府の原子力安全委員会(委員長:班目春樹氏)と統合して、環境省の外局として設置されます。これまで、原子力安全・保安院は、原子力などの各エネルギー施設や産業活動の安全規制を行ってきました。一方の原子力安全委員会は、中立的な立場から安全規制の基本的な考え方を決定し、行政機関や事業者を指導する役割を担っています。原子力安全・保安院と原子力安全委員会によるダブルチェックが、原発の安全性を担保するはずでした。
ところが、東日本大震災後の東京電力福島第一原発の事故では、原子力安全・保安院と原子力安全委員会によるダブルチェックでも津波の被害を防げませんでした。事故後の対応では、原子力行政の各組織が情報の共有などで十分な連携を取っていたとは思えません。このため、安全規制に係る業務が原子力安全庁へ一元化されるのです。事故発生時における自衛隊や警察との調整を考慮すると、原子力安全庁を内閣府に設置することも政府は検討しましたが、環境分野の規制・監督の実績を評価して、原子力安全庁を環境省に設置したと思われます。
原子力安全庁による規制の制定や監督にあたっては、独立かつ中立な姿勢が求められます。原子力の安全規制を目指す原子力安全・保安院が原発推進の立場にある経済産業省の一機関であったことは、組織構造における齟齬といえます。環境省も温暖化を招く二酸化炭素の削減に向けて原発利用の推進を図る立場にあります。つまり、原子力安全庁が環境省の外局になっても、原子力行政における組織上の根本的問題は解決しないのです。原子力安全庁と原発を推進する省庁との人事交流は慎重になされるべきです。
また、専門家による第三者の助言を得るため、原子力安全庁に原子力安全審議会が設けられます。審議会委員の選定においては、透明性の確保が求められます。なお、これまで第三者機関であった原子力安全委員会には関係省庁への勧告権がありましたが、原子力安全庁の詳細な権限については政府の基本方針に明記されていません。
さらに、原発の立地する都道府県や市町村でも、原子力行政に関する行政機能を見直す必要があります。地震の発生リスクは全国一律ではありません。原発によって防災設備の水準も異なります。原発を有する各地域では、地震リスクにあわせた安全基準などを検討していく体制作りが急務といえます。その一方で、原子力安全・保安院は原子力保安検査官事務所という地方組織を原発周辺地に設置し、総勢で約100名の職員を全国に配置しています。原子力安全庁の設立にあたり、各地の安全対策の検討において原子力保安検査官事務所と地方自治体との間で情報共有化などの連携強化が必要不可欠になると思われます。
原子力行政への国民不安を軽減できるよう、実効性のある原子力安全庁の設立に向けた議論が進められることを期待したいと思います。
(2011年8月22日掲載。*無断転載禁止)
【筆者紹介】
宮下量久(みやした ともひさ)
政策シンクタンクPHP総研 研究員
<専門分野>経済政策・都市計画
・地域主権型道州制の実現に向けた研究・調査・立案
・研究テーマは、公共選択論(Public Choice)をベースにした、自治体のあり方、まちづくり、地域連携、社会資本整備、中心市街地の活性化など。
<経歴>1979年、神奈川県生まれ。2004年、法政大学大学院社会科学研究科修士課程修了。同年、法政大学大学院経済学研究科博士後期課程入学。黒川和美研究室(公共経済論)にて、地域のまちづくりや公共部門のあり方を研究する。09年4月よりPHP総合研究所(現:政策シンクタンクPHP総研)研究員。
更新:11月22日 00:05