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藤井聡 インフラ事業の「冤罪被害」

2016年12月19日 公開
2023年01月12日 更新

藤井聡(京都大学教授/内閣官房参与)

インフラ格差が「首都圏一極集中」をもたらした

 こうした公共事業に対する「冤罪」は、今日、至る所で繰り返されている。

「新幹線」もその一つだ。

「新幹線」といえば、角栄の列島改造論の「目玉」プロジェクト。図1は、田中角栄の『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)に掲載された、全国新幹線整備構想だ。ご覧のように、北海道から九州に至る全国各地に新幹線を整備することが構想された。そしてこの本が出版された翌年、田中内閣はこの地図をほぼ踏襲した新幹線整備の「基本計画」を閣議決定した。

 しかし、こうして構想された新幹線のうち、整備されたのはわずか39%。田中構想をベースにするなら3割にすぎない。そして整備されたのは主として「東京」に接続する路線ばかり。いまや東京には、(ミニ新幹線も含めれば)東海道、北陸、上越、東北・北海道、山形、秋田の合計6本の新幹線が整備されている。東京において未整備の計画路線はあと中央新幹線だけなのだが、それもいま、急ピッチで整備が続けられている。

 一方で、3大都市圏の残りの2つ、大阪圏と名古屋圏には共に東海道・山陽新幹線の1本しか整備されていない。しかも、それら都市圏に接続する路線で整備が始められたものはない。

 つまり東京と大阪・名古屋のあいだには、新幹線の整備レベルで圧倒的な格差があるのが実態なのだ。このインフラ格差こそ、(先進国において、わが国だけに見られる)「首都圏一極集中」をもたらした最も大きな原因だ。

 そもそも、新幹線の整備の有無が、都市の活力に抜本的な影響を与えていることは、これまでの人口・経済動態についての学術研究から繰り返し実証されている。

 第1に(道州制の道都という特殊事情をもつ札幌を除けば)、新幹線が整備されていない都市は、いずれも「政令指定都市」にまで成長することに失敗している。逆にいうなら、新幹線の沿線地域にしか「政令指定都市」までの成長に成功した都市は存在していないのだ。それはつまり、新幹線は都市が大都市に成長するための「必要条件」であったことを示している。

 だからこそ、新幹線がいち早く整備された「太平洋ベルト」が大いに発展した一方、日本海側の地域や北海道や四国は衰退の一途を辿ったのである。都市間の高速交通インフラとは、かくも巨大な影響を与えるものなのである。

 

新幹線整備を遅らせた「濡れ衣」

 そんななか、このたびようやく北陸新幹線が富山、金沢に到達した。結果、北陸への旅客流動量は一気に3倍に増え、北陸へのオフィス立地や工場立地が活性化、駅前ではさまざまな民間投資が進められ、北陸に大きな活力がもたらされた。九州新幹線も同様に、全線開通後には九州の観光需要が1割増加し、熊本や鹿児島への民間投資を活性化した。さらに最近函館まで開通した北海道新幹線も、当初の予想を上回る乗客数となり、大方の予想を上回る民間投資が新駅の周辺で展開されている。

 しかしそんな現実とは裏腹に、これまで新幹線はさんざんに批判され続けてきた。

 大蔵官僚(当時)からは昭和「3大バカ」査定だと揶揄され、大手メディアからは「空気を運ぶ」「赤字垂れ流し」「採算の悪い無駄な公共事業の代表」「ばらまき財政の亡霊がさまよっている(中略)政策評価の対象としてまじめに検討した形跡もない」などと激しく批判され続けた(詳しくは、拙著『新幹線とナショナリズム』朝日新書を参照)。

 最近では、「ストロー効果」といって、インフラによって地方都市の活力が大都市に吸い上げられるという理屈でもって、インフラ投資を批判する論調も多い。

 しかし、大蔵省やマスメディアがその批判を差し向けた九州や北陸の新幹線は、先述のように地域に大いなる発展をもたらしているのが現実だ。「ストロー効果」なるものが仮にあったとしても、それをはるかに上回る投資効果が得られているのが実情であった。つまり、豊洲の1件と同様、マスコミと大蔵省はたんなる「空騒ぎ」を演じていたにすぎないのであり、かつての新幹線批判は、たんなる「濡れ衣」「冤罪」にすぎなかったのである。

 

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著者紹介

藤井 聡(ふじい・さとし)

京都大学教授・内閣官房参与

1968年、奈良県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、同助教授、東京工業大学教授などを経て、現職。専門は国土計画論、公共政策論、土木工学。社会的ジレンマ研究にて、日本学術振興会賞など受賞多数。近著に、『巨大地震【メガクエイク】Ⅹデー』(光文社)がなどある。

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