2016年08月23日 公開
2024年12月16日 更新
五能線モデルの2つ目のKSFは、「マグネットの連鎖」を創り出したことだ。「広域観光」による地域活性化を実現するためには、観光客を惹きつける「マグネット(磁石)」が不可欠である。観光客が「わざわざ行きたい」と思うほど磁力の強い「マグネット」が北東北のエリアには複数、存在する。
美しい絶景を楽しむことができる五能線自体も「マグネット」の1つだが、それ以外にも五所川原の立佞武多祭りや沿線に見どころの多い津軽鉄道、桜で人気の高い弘前など、北東北には「マグネット」が揃っている。
しかし、1つひとつの「真珠」がどれほど美しくても、それだけではたんなる素材にすぎず、「商品」にはならない。美しい真珠が一連の「環」になることによって、初めて魅力的な「商品」になるのである。
京都、奈良、鎌倉などが観光地として不動の人気を誇っているのも、まさにエリア内の観光スポットが結ばれた「真珠の首飾り」だからだ。日本各地には、「マグネット」になりうる美しい「真珠」がいくらでもある。それらを素材のままに終わらせず、つなげることによって「首飾り」という魅力的な「商品」になり、地域の価値が格段に大きくなる。
たとえば、五能線を代表する観光スポットに十二湖がある。青いインクで描かれたような青池など、神秘的な光景が広がる名所である。ところがJR東日本秋田支社販売促進課のメンバーは、観光客が「リゾートしらかみ」に乗って十二湖駅で下車し、湖を見たあとで移動できる列車がない、という「盲点」に気付いた。これでは観光が「点」で終わってしまい、「線」や「面」につながらない。
そこで彼らが閃いた奇策は、なんと「列車を引き返させる」ことだった。十二湖駅で観光客を降ろした列車をそのまま走らせ、深浦駅で1時間40分ほど停車させてから、岩館駅まで約40km「逆戻り」させたのである。これによって、十二湖観光を楽しんだ利用客を再び列車に乗せられるようになった。
「列車は同じ方向に走るもの。逆走するなどありえない」「ダイヤに載っていない列車を走らせることなどできない」という社内の反対や渋る声を押し切ったのは、販売促進課の粘り強い説得である。
五能線が優れているのは、「リゾートしらかみ」という人気快速列車を「目玉」にするのではなく、五能線という「線」の魅力をアピールし、五能線自体を「マグネット」にしたことである。もし「リゾートしらかみ」を前面に打ち出していたら、五能線人気はここまで高まらなかっただろう。五能線に乗り、沿線の魅力を楽しんでもらうことが、より大きな「マグネット」として機能したのである。
以前、北海道旭川市にある旭山動物園の坂東元園長とお会いした際、「地元から『動物園に人気が集中し、旭川市の他の地域に観光客が来ない』という不満の声を受けた。大事なのは、動物園人気を他のスポットに広げることだが、それができていない」と伺った。旭山動物園という「目玉」があるにもかかわらず、「首飾り」にするための取り組みが不足しているのだ。
旭川市には旭山動物園だけではなく、露天風呂から大雪連峰を望める温泉や『アナと雪の女王』の世界さながらの「雪の美術館」など、魅力的なスポットが多い。それらの「マグネット」をつなげて「首飾り」をつくることで、旭川市や道央の魅力が向上するはずだ。
「『首飾り』をつくれ、と簡単にいうが、『マグネット』なんてそんなにあるものじゃない」という指摘もあるだろう。だが、じつは五能線モデルの卓越性は「マグネット」そのものを自らの手でつくり、磨き上げていることにある。
たとえば使い古された車両を自分たちで改造したり、観光客が喜びそうな絶景ポイントで徐行運転を行ない、車内で津軽三味線を演奏するなど、現場の知恵と努力を積み重ねて、五能線を「わざわざ乗りに行く」だけの価値ある路線へと磨き上げたのである。
五所川原の立佞武多祭りも、市民たちの手によって1998年、80年ぶりに復活させたものだ。立佞武多祭りそのものは年に一度の数日間(8月4日から8日)にすぎない。そこでJR五所川原駅の近くに「立佞武多の館」を開設し、祭りの映像や山車を常設展示することで、立佞武多祭りをいつでも訪ねることができる「マグネット」に仕立てたのだ。
沿線の素材を発掘し、それらを磨き上げ、さらにつなげることによって、初めて魅力的な「真珠の首飾り」は完成する。日本全国には魅力ある自然や歴史、文化が至るところにある。しかし、その多くは素材のまま放置され、錆びついている。それらを「マグネット」へと磨き上げる知恵と努力が不可欠だ。
3つ目のKSFは、「リワイヤリング(rewiring)」である。リワイヤリングとは「つなぎ直す」という意味である。
ネットワーク理論を専門とするシカゴ大学ビジネススクールのロナルド・バート教授は、社会や組織におけるネットワーク開放性の有用性を検証し、「組織と組織の構造的隙間に架け橋を築き、ネットワークを再構築することによって、情報やノウハウが流れ、組織が優れた活動を展開することができる」と指摘する。
その実現のために必要なのが、「リワイヤリング」つまり「つなぎ直し」という考え方である。遮断されていた組織間に「架橋」することで、各組織は新しい情報にアクセスでき、利益を獲得しやすい、という考え方だ。
五能線の成功の裏には、2つの「リワイヤリング」がある。
1つ目の「リワイヤリング」は、先述のように地域に点在する「マグネット」をつなぎ直し、1つの魅力的な「商品」へと高めたことである。五能線沿線に点在する数多くの「マグネット」をバラバラに売り込むのではなく、1つの「広域観光商品」としてアピールし、顧客が自由に選択できるようにしている。
五能線は東能代駅(秋田県能代市)から川部駅(青森県田舎館村)を結ぶ全長約150kmの比較的、長い距離のローカル線だ。その沿線には13(現在は10市町村に合併)もの自治体が存在し、各自治体は観光客を誘致するために独自の活動を行なっていた。そうした取り組みは部分的、単発的、散発的であり、効果に乏しかった。当時、13の市町村の観光課のメンバーたちは、隣町の観光地に行ったことがない、隣町がどんな誘客活動をしているのかまったく知らないというような状況だった。
そこでJR東日本秋田支社が各自治体に呼び掛け、「五能線沿線連絡協議会」という共通のプラットフォームをつくった。協議会が各自治体を束ね、協同でパンフレットを作成したり、「五能線フォトコンテスト」などのイベントに取り組むようになった。すると協議会での活動が「糸」となり、各自治体に点在する真珠がつながり、「真珠の首飾り」としてアピールするようになったのである。協同活動を通じて自治体間で情報やノウハウが流れ出し、お互いが相互学習することによって、各自治体の取り組みのレベルも高まった。
2つ目の「リワイヤリング」は、新幹線による首都圏とのリワイヤリングである。五能線の復活において秋田新幹線、東北新幹線の新青森開業はきわめて重要な要素である。
観光路線として生きていくためには、最大消費地である首都圏とダイレクトにつながることが不可欠だ。五能線がいくら魅力的なローカル線であっても、それは「静脈」にすぎない。新幹線という「大動脈」につながることによって、「静脈」の血流は格段によくなった。
しかし、「大動脈」とつながるだけでは観光路線としては十分ではない。せっかく五能線に乗車しても、観光スポットへの「足」すなわち「毛細血管」が確保されていなければ、観光客は旅を楽しむことができない。
五能線においては、JR東日本秋田支社が地域の交通機関や自治体に働きかけ、バスの運行ダイヤを観光客の到着時間に合わせて変更してもらったり、「リゾートしらかみ」の発着時間に合わせて十二湖駅―アオーネ白神駅間で無料送迎バスを運行するなど、多くの工夫を行なっている。これによって沿線の「毛細血管」が整備され、血液が身体の隅々まで回るようになった。「大動脈」「静脈」「毛細血管」がつながることによって、首都圏という大消費地と五能線沿線の観光スポットが「リワイヤリング」されたのである。
観光に「毛細血管」が必要なのは、なにも鉄道だけではない。たとえば近年、レジャー機能を高めた高速道路のサービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)が全国各地で生まれ、集客に成功している。野菜や肉、魚などご当地の産直商品が販売され、フードコートやレストラン、カフェでさまざまなグルメを味わうことができる。温泉やアスレチック、遊園地を併設したSA/PAもある。
しかし、私はこの状況を見て「もったいない」と感じる。たとえ1つひとつのSAやPAは魅力的でも、高速道路からそこに流れてくる利用客が「静脈」止まりになってしまい、各地域の県道、市道の「毛細血管」から沿線名所に至るまで血液が流れていないからだ。
更新:12月22日 00:05