2016年07月20日 公開
2022年11月09日 更新
中国の公船は、昨年度も一昨年度も34回にわたり領海に侵入した。およそ月に3回の頻度で領海侵入を繰り返している。遺憾ながら、日本政府として黙認しているようにも見える。
なぜ、こんなことになってしまうのか。そもそも中国船は、領海の外側の接続水域で何日間も待機している。待機しながら、海上保安庁の隙を突くように領海侵入し、たとえば3時間航行したあと、また接続水域に戻る。こうしたパターンが「常態化」している。
そして今回「白い船」ではない「灰色の船」(軍艦)が入ってきた。「白い船」で常態化した右パターンを「灰色の船」で既成事実にする腹であろう。そうなれば、地域の安全保障環境は激変する。絶対に阻止しなければいけない。
日本国にそうした危機感があるだろうか。マスコミも中国公船が接続水域に入ろうが、領海に入ろうが、ベタ記事扱いだ。国民も驚かない。中国に慣らされてしまっている。軍艦が入っても一過性の報道で終わり。今日もマスコミは中国艦ではなく、都知事選や参院選の行方を報じている。
中国の海洋進出は「サラミ・スライス」戦術と評される(6月15日放送フジテレビ報道チャンネル「ホウドウキョク あしたのコンパス」拙コメント)。サラミを薄くカットするように、目立たないように、少しずつ敵対勢力を切り崩し、徐々に既成事実を積み重ねていく。最初は漁船や抗議船だったのが公船となり、やがて公船の規模能力が拡大。兵装した公船から軍艦となり、その軍艦が接続水域に侵入し、ついに領海侵犯した。もはや薄い「サラミ・スライス」というより「厚切りハム」(福島香織氏)に近い。重大な危機感をもって厳正に対処すべき事態である。
いつものごとく中国側は正当性を強弁している。領海侵犯に関し「(屋久島、種子島と奄美群島付近の)トカラ海峡は、国際航行に使われている海峡であり、中国軍艦の通過は国連海洋法条約に規定された航行の自由の原則に合致する」との国防省談話を出した。外務省報道局長も当日の定例会見で「トカラ海峡は、国際航行に使われる海峡であり、各国の艦船は通過通航権を有し、事前通告もしくは承認は必要なく、国際法に違反していない」と主張した。
いずれも国際法上の根拠を欠く。日本の「識者」ですら誤解しているが、当該海峡は国連海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約)が定める「国際海峡」ではない。国際海峡に関する規定は「海峡内に航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在するものについては、適用しない」(第36条)と明記されている。当該海峡は中央に公海が存在しており、国際海峡には当たらない。ゆえに「通過通航権」も発生しない。もちろん「航行の自由の原則」もない。それは公海上の権利であって、領海では「無害通航権」しか認められない。それが世界の常識である。
問題は通過通航権である。これが認められると「海峡又はその上空を遅滞なく通過すること」や「武力による威嚇又は武力の行使(中略)その他の国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する方法によるものを差し控えること」(条約第39条)などの義務を遵守するかぎり、沿岸国つまり日本の海岸スレスレを、中国の潜水艦が潜没航行できる。中国の戦闘機が上空を飛行できる。中国が「国際海峡」と言い出した背景には、以上の事情があるのではないだろうか。
かつて領海は3カイリだった。それが12カイリとなり、それまで国際航行に使用されてきた海峡が沿岸国の領海でカバーされてしまうことになったことから「国際海峡」の「通過通航権」が認められた。
島国であり、安全保障上も重要な海峡を有する日本は困ったことになった。具体的には「宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡」である。海峡の幅が24カイリ以内であり、中央の公海部分がなくなれば「国際海峡」となってしまう。
そこで日本は「領海及び接続水域に関する法律」の附則で「特定海域に係る領海の範囲」を定めた。「特定海域」とは右の5海峡である。「当分の間、(中略)特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側三海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする」と明記した。つまり原則は領海12カイリだが、特定海域は例外として(基線から)3カイリまでが領海と規定した。
この結果、《津軽海峡等は「通過通航権」の認められる「国際海峡」ではなく、ただの海峡ということ》になった(高野雄一『国際法概論』弘文堂)。この点、海上保安庁公式サイトが「国際航行に使用されるいわゆる国際海峡である宗谷海峡、津軽海峡……」と表記しているが、誤解を招く表現ではないだろうか。もし私が中国当局者なら今後、「日本政府が認めているとおり国際海峡」と主張する。
津軽海峡などを中国の情報収集艦が堂々と通航する現状に憤慨し、「きちんと12カイリを主張し、重要な海峡を領海で塞げ」と主張する保守派の「識者」が少なくないが、そうなれば安全保障上も失うものが大きい。3カイリに留めた「日本の対処は賢明で合理的といえよう」(高野前掲著)。
更新:11月22日 00:05