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商社マンボクサー・木村悠の強さの秘密 「最後は、精神力で勝敗が決まる」

2015年11月28日 公開
2024年07月30日 更新

木村悠(プロボクサー)

仕事と両立することで進化

——木村選手特有の、パンチを積み重ねて勝つスタイルを確立されたのはいつごろでしょうか。

木村 パンチをもらわないで打っていくスタイルは高校時代から変わりませんね。ボクシングはその人自身の性格が出ます。どんなに打たれても最後に一発をくらわせて勝つタイプもいれば、最初から相手に突っ込んでいくタイプがいたりと、ボクシングスタイルはさまざまです。マイナーチェンジこそあれ、根本的な部分は変わりません。

 自分は元来、臆病なので、できるだけパンチをもらいたくない。だからこそ自分から先手を打って出るようにしています。強気に攻めるタイプだと、どこかで一つ強いカウンターのパンチをもらえばアウトだし、逆に弱気な部分が多すぎると、相手を怖がって攻められない。危険察知能力が高くてガードも堅いけれど、好機を見逃さないというように、タイプをうまく切り替えられれば理想ですね。

——大学卒業後、プロになってからはデビュー戦でのTKO勝利から5戦連続負けなし。プロで勝てる自信は当時からあったのですか。

木村 最初はなかなかプロの水に慣れなくて、どういうスタイルで戦えばいいか、一戦一戦試行錯誤しながら試合に臨んでいました。いま振り返れば、そのころはちょっとプロをなめていたかもしれないですね(笑)。大学時代にプロ選手とスパーリングをする機会があったのですが、アマチュアの選手はパンチのテンポが速いから、けっこういい勝負ができる。元世界チャンピオンの内藤大助選手の相手をしたこともありましたし、「自分は通用する」という甘い気持ちが腹心にあったのかもしれません。ところがプロに転向して試合をすると、なかなか自分の強みを出せない。相手の鬼気迫る表情も威圧するように感じて、プロの壁を実感しました。5戦負けなしの成績は、プロとしての自信とは関係なく、アマチュアでの経験で勝てたようなものです。

 それだけに初黒星を喫したときは自分のなかでショックというか、情けない気持ちになりました。

——2008年6月の試合ですね。

木村 対戦相手の小野心選手(ワタナベ)の情報があまり入ってこなかったこともありますが、気持ちが抜けていた部分もあって、負けるべくして負けた試合です。 

——木村選手はこの敗戦を機に、ボクシングと並行して仕事をしようと決めたそうですね。理由を教えてください。

木村 たしかに普通は負けたらトレーニングの負荷を高めたり、優秀なトレーナーと組んでテクニカルな強化をめざします。でも、自分の場合は別の次元で自分の限界を感じ、現状を打開することが必要だと感じました。それにはガラッと180度、環境を変えよう、と。メンタル面を鍛えるために社会に出て、もっと自分の視野を広げることを考えました。それまでは正直、アマチュアとプロの違いもよくわかっていなかったし、「プロって何だろう」という問いに対し、選手としてのビジョンと現状のファイティングスタイルを見て、明確な答えが浮かばなかった。

 じつは、もともと自分がプロになるとき、周りから「プロじゃ通用しない」「企業に就職して、安定した道を歩んだほうがお前は合っている」と反対されていました。両親も猛反対というわけではなかったけれど、快く送り出してくれませんでした。父は外科医で、人の命を預かる仕事をしているので、身体を痛めつけてまでプロとして闘うことの意味を知っていて反対したと思います。

 プロになって後悔はなかったですが、やはり初めて負けたときに「本当にこのままやっていけるかな」という不安を感じました。

——どうして就職先に商社を選ばれたのですか。

木村 仕事の中身は問いませんでした。就職活動の経験もないので要領もわかりませんし、とりあえずボクシングを続けながらできる正社員の仕事があればいいな、と思っていました。幸い、アスリートのセカンドキャリアを支援している方の紹介で、電力や通信の工事用具材を扱う専門商社に入社しましたが、業種が技術営業職だと知って驚きました。

 でも、なんでもやってみようと思い、開き直ってがむしゃらに取り組むことにしました。仕事を覚えるだけでなく、ボクシングを続けながら働くサイクルに慣れるのに、2年ぐらいかかりましたね。複雑な図面を見ることも多いですし、営業マンは技術について何でも理解していることを前提でお客様は話を進めるので、鋼材重量表についての専門的な参考書を読むなど勉強したり、先輩に指導を受けながらやっています。

——会社は木村選手に対して特別扱いをすることはありますか。

木村 試合直前にお休みをいただくことはありますが、基本的にほかの方と同じ条件で勤務しています。ボクシングをやっているから早退ということもないし、当然ノルマもあります。ただ、自分としては夕方5時にはきっちり退社して、ジムに行きたい。そこで、時間を効率的に使うためにスマートフォンで仕事の進捗や案件ごとの資料をクラウド管理し、お客様からの問い合わせにすぐ対応できるようにしました。また昼休みなどを利用してトレーニングのスケジュール更新や体重コントロールの予定表を作成しています。じつは、仕事をするまでこうした自己管理はできませんでした(笑)。

——仕事とボクシングを両立することで、自分のなかに変化を感じることはありましたか。

木村 試合に初めて負けたとき、どん底に落ちた気分になり、約2年間次の試合が決まりませんでした。営業の仕事を始めることで再び自分を見つめ、いままでの環境で当たり前だったボクシングをすることの喜びに気づき、応援してくれる人たちへの感謝の気持ちが生まれました。

 周囲からは、「ボクシングに向き合う姿勢が変わった」といわれます。たとえば、練習の翌日が休みのとき、以前であれば、「夜遅くまで起きていてもいいか」と気を緩めることもありましたが、いまは夜十時半には必ず寝て、朝六時過ぎには起床してトレーニングを始める生活リズムを基本にしています。規則正しい生活をして、限られた時間をどう有効に使うかを考える癖がつきました。

 自分のなかで仕事についての責任感が芽生えたことも大きな変化です。営業で一つの案件を任されたら、お客様や取引業者の方に迷惑をかけてしまうから途中で投げ出せません。相手の視点でものを考え、自分ではなく、お客様に喜んでもらって初めて成立するのが仕事だと思います。ボクシングも同じで、自分のために競技をするのはアマチュアまで。プロであるなら、「応援してくれる人やサポートしてくれるスタッフに恩返しをしたい、観戦するお客さんにもっと元気になってもらいたい」という気持ちでリングに上がる。こうした意識をもってボクシングに取り組めるようになったのは、営業の仕事を始めてからですね。

——会社の仕事が負担になることはないのでしょうか。

木村 仕事がコンディションの足かせになることはないですし、すべては自分次第です。「仕事をしているから練習できない」「練習不足で試合に勝てなかった」と言い訳をしていたら、絶対に日本チャンピオンにはなれなかった。外の世界に出ることで客観的に自分を見つめられた。それがいまの結果に結びついています。30〜40代の経営者の方と知り合う機会も増えましたが、彼らは皆ポジティブ思考で、物事を自分に都合よく解釈するのが得意です(笑)。そして根が明るい。過去の経験や失敗を次に活かす動機づけができるようになったのは、経営者の方々の話を聞いて影響を受けたからでしょうね。

 

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