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積極的平和主義の系譜

2014年02月24日 公開
2023年09月15日 更新

金子将史(政策シンクタンクPHP総研国際戦略研究センター主席研究員)

《PHP総研 研究員コラムより》

 2013年12月17日、日本政府は史上初めてとなる国家安全保障戦略(以下NSS)を閣議決定した。NSSの基本的理念として提示されたのが「国際協調主義に基づく積極的平和主義」である。

 NSSは積極的平和主義を体系的に定義しているわけではないものの、平和国家としての戦後日本の歩みを堅持する一方、安全保障環境が厳しさを増しており、また、我が国の平和と安全は我が国一国では確保できず、また国力にふさわしい形で国際社会の平和と安定のために一層積極的な役割を果たすことが必要になっていると指摘した上で、以下のように述べる。

 「これらを踏まえ、我が国は、今後の安全保障環境の下で、平和国家としての歩みを引き続き堅持し、また、国際政治経済の主要プレイヤーとして、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与していく。このことこそが、我が国が掲げるべき国家安全保障の基本理念である。」

 具体的には、外交の強化や人間の安全保障の実現といった非軍事的な分野での方針と並んで、総合的な防衛体制の構築や領土保全への取り組み強化、日米同盟の強化、PKO等への積極的参加、武器移転に関する新たな安全保障環境に適合した明確な原則を定めることといった軍事力と不可分の分野での方針が明記されている。またNSSそのものには記述はないものの、安倍首相にとっては、安保法制懇の結果を受けて集団的自衛権の行使や集団的安全保障への参加に道を拓くこと、ゆくゆくは憲法9条の改正を実現することも、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の範疇に含まれるということであろう。

 こうしたコンセプトが提示されたのはNSSが初めてではない。たとえば、野田政権の下で設置され、筆者も参加したフロンティア分科会「平和のフロンティア」部会の報告書では、「能動的な平和主義」というコンセプトで、同趣旨の提言を行っている。

 少し遡ると、2001年3月に発表されたNIRAの報告書「積極的平和主義を目指して-『核の傘』問題を含めて考える」が、受動的な一国平和主義を脱して、自国の安全・平和のみならず、東アジアや世界全体の安全・平和を進んで探究する積極的平和主義を目指すべきと提言している。このNIRAの提言をとりまとめたのは、NSSを審議する「安全保障と防衛力に関する懇談会(安防懇)」のメンバーの1人だった福島安紀子氏である。

 NIRA報告書は、日本が取り組むべき分野として(1)核軍縮(2)核兵器廃棄支援(3)アジアの安全保障協力(4)平和支援活動(5)市民試写会参加型の平和構築活動を挙げている。ただし、このNIRA報告書は、PKO五原則の見直しなどを提言しているものの、どちらかといえば、非軍事的な活動に力点をおいている印象を受ける。

 NIRA報告書より軍事的活動に積極的な姿勢を打ち出したのは日本国際フォーラムが2004年4月に発表した提言「新しい世界秩序と日米同盟の将来」である。同提言は、消極的平和主義と積極的平和主義を以下のように対比する。

 「消極的平和主義とは第二次大戦直後の日本の平和主義である。贖罪を最大の目的とし、二度と同じ過ちを犯さないことを誓うことによって完結する平和主義である。しかし、21世紀初頭の日本の平和主義は、世界の不正と悲惨を直視し、不安と恐怖を理解し、その除去のために積極的に貢献しようとする積極的平和主義でなければならない。」

 この提言は、積極的平和主義を実践するには集団的自衛権の行使や武力行使との一体化論の見直しが必要との立場をとっている。そして、憲法前文は積極的平和主義をとっており、解釈改憲によって積極的平和主義への転換をはかることは可能であるが、政治的には憲法改正が望ましいと述べている。

 日本国際フォーラムは2009年10月に発表した提言「積極的平和主義と日米同盟のあり方」でも、「これまでの日本の平和主義は、自国が加害者にならなければ『それでよし』とする平和主義」であると断じ、「日本の平和主義は、これまでの『消極的平和主義』『受動的平和主義』から新しい『積極的平和主義』『能動的平和主義』へとレベルアップしなければなりません。」と論じている。こうした認識は、日本国際フォーラム理事長である伊藤憲一氏が『新・戦争論-積極的平和主義への提言』等で力説してきたところでもある。

 こうした用例が一般化した嚆矢は、湾岸戦争を受けて設置された自民党国際社会における日本の役割に関する特別調査会、いわゆる小沢調査会の提言である。1993年2月に発表された同提言は、「日本はとにかく戦争を惹き起こしてはならない、そのためには、何があろうと日本の軍事的役割はあってはならない、それが国際平和につながる」という消極的な平和主義、「日本さえ戦争に巻き込まれず、平和であれば良い」という一国平和主義を否定し、憲法の前文に示されている積極的・能動的平和主義にこそ立脚すべきと主張している。そしてPKOはもちろん、国連の授権の下での多国籍軍を含めて国連の枠内にある国際的安全保障活動を日本国憲法は容認しているとの見解を示す。この時点で想定されていたのは湾岸戦争のような事態であり、いわゆる集団的自衛権についてはほとんど言及がない。にも関わらず、「平和イコール非軍事」という考え方を真正面から否定した点で、この提言は名実ともにその後の言説の源流をなす。

 『平和主義とは何か』(中公新書)の著者でもある松元雅和氏による分析は以上の流れを整理する上で便利である(「『積極的平和主義』は撞着語法か?」『月刊公明』2014年2月号)。松元氏によれば、平和という概念には、紛争の不在を指す「事態としての平和」、努力によって達成すべき理想的ビジョンを指す「目標としての平和」、そして平和という目標を非暴力手段によって追求する「手段としての平和」の3つが存在する。そして、一般的には、平和主義、英語で言うところのpacifismは、「手段としての平和」に力点を置く立場であり、安倍政権の言う積極的平和主義は、「目標としての平和」に力点を置くものであって、「手段としての平和」を重視する伝統的な平和主義観とは異質である、と松元氏は指摘する。この分類でいえば、以上みてきた小沢調査会提言、NIRA提言、日本国際フォーラム提言、平和のフロンティア部会報告書、そしてこのたびのNSSは、いずれも一国平和主義、受動的平和主義に対して否定的であるが、NIRA提言が「手段としての平和」への親和性を最も色濃く維持しているのに対し、その他の文書は「目標としての平和」を実現するためには、「手段としての平和」から脱皮する必要性を説くものと言えるだろう。

 NSSを検討する安防懇の座長を務めた北岡伸一氏も、松元氏の言う「手段としての平和」を問題視してきた。北岡氏は、『外交フォーラム』2008年11月号に寄稿した「分岐点の日本-積極的な平和主義とグローバルな外交」で、平和の達成のために平和的手段しか認めないカッコつきの平和主義が冷戦後20年の日本外交の一番の障害であったと断じている。なお副題にある「積極的な平和主義」という言葉は本文中には存在しておらず、本文では「平和主義」はあくまで日本が乗り越えるべき「障害」「岩盤」「限界」と位置づけられている。

 興味深いことに、NSSにおける「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の英語訳は、“Proactive Contribution to Peace” based on the principle of international cooperation” であり、pacifism という言葉は用いられていない。それは、pacifismが「手段としての平和」を強調する立場であることを、NSSの立案者たちが明敏に意識していたことを示していよう。日本国際フォーラムの2004年の提言では積極的平和主義はactive pacifismと英訳されているが、2009年の提言ではpositive pacifismとの訳語があてられており、active pacifismは能動的平和主義の英訳である。なお、同フォーラムの2004年提言は消極的平和主義をpassive pacifism、2009年提言では消極的平和主義をnegative pacifism、受動的平和主義をpassive pacifismと英訳している。なお、NSSで「我が国は、戦後一貫して平和国家としての道を歩んできた」という時の「平和国家」の英語訳は、peace loving nationである。国連憲章に、国連加盟国は「全ての平和愛好国(peace loving states)に開放されている」とあるように、「手段としての平和」に立脚する態度を強調する用語とは言えない。

 安倍政権が唱える積極的平和主義が、戦前への回帰や軍国主義化を糊塗するための単なる言語操作にすぎないという種の批判は正当ではない。憲法改正をめざすにせよそうでないにせよ、積極的平和主義や能動的平和主義の唱道者のなかで、侵略戦争を是としたり現状秩序の破壊を求めたりする傾向はおよそ皆無である。その意味で、戦後の日本の平和国家としての核心部分は間違いなく継承されている。日本の右傾化を喧伝する動きがこれだけ活発化しているにも関わらず、それが今のところ思ったほど浸透していないのはそのためだろう。それは「手段としての平和」をあくまで追求するpacifismではないかもしれないが、日本の文脈でそれを平和主義と呼ぶことにそれほど問題があるとは思えない。

 とはいえ、より幅広い国民的合意を形成し、国際的な安心感を維持するには、消極的平和主義や一国平和主義の克服をはかるばかりでなく、積極的平和主義がどこに向かっていくかを語る必要があるのではないか。具体的にはNSSでも堅持するとされている「平和国家としての歩み」が何を指すのか、明示的に示すことが必要と思われる。

 この点で参考になると思われるのは神谷万丈氏の議論である。神谷氏は『外交フォーラム』2004年3月号に寄稿した「なぜ自衛隊に派遣するのか-『積極的平和国家』として」の中で、日本の平和主義には「平和のために積極的に行動する意思の欠如」と「平和のための軍事力の役割の軽視」という2つの弱点があったと指摘している。そして、冷戦後の日本の歩みは、平和破壊を行わないというだけの「消極的平和国家」から、平和の創出・維持に自衛隊の活用も含む応分の行動をとる「積極的平和国家」への転換をはかるものだったとの解釈を示す。そして「積極的平和国家」を以下のように定義する。

 「それは、(1)軍事大国を志向せず、(2)自衛と、平和が脅かされた場合の国際的共同以外では、武力行使を慎むが、(3)自衛のために必要な最小限の軍事力整備はタブー思考なく実施し、(4)平和を構築・維持するための国際的な共同行動に関しては、軍事面を含めて自国にふさわしい役割を積極的に果たそうとするという国のことであると言ってよい。」

 今回のNSSはまさにこうした方向性を目指すものといえるだろう。無論「手段としての平和」の妥当性が現実の試練を受けているように、「平和のための軍事力」の妥当性も具体的な場面において試されることになる。軍事力の役割を否定すればいいというものではないが、軍事力の役割を認めさえすれば万事うまくいくわけでもない。結局のところ、日本の安全や世界の平和を実現するには、軍事力を含むさまざまな手段を賢明に活用する他はなく、ことに平時とも有事ともつかないグレーゾーン領域が目立つようになっている今日においては一層それが妥当する。平凡だが、積極的平和主義の実践には、古典的現実主義者が重視した「慎慮(prudence)」こそが不可欠なのである。

<研究員プロフィール:金子将史*外部サイト

 

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