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安倍総理がすすめる「価値観外交」

2013年02月01日 公開
2023年09月15日 更新

金子将史(政策シンクタンクPHP総研国際戦略研究センター主席研究員)

 アルジェリアにおける邦人拘束事件の陰に隠れた観もあるが、2013年1月16日から18日、安倍首相は再登板後初の外遊先としてベトナム、タイ、インドネシアを歴訪し、最後の訪問国インドネシアでの首脳会談後以下の「対ASEAN外交5原則」を発表した。

(1) 自由、民主主義、基本的人権等の普遍的価値の定着及び拡大に向けて、ASEAN諸国と共に努力していく。

(2)「力」でなく「法」が支配する、自由で開かれた海洋は「公共財」であり、これをASEAN諸国と共に全力で守る。米国のアジア重視を歓迎する。

(3) 様々な経済連携のネットワークを通じて、モノ、カネ、ヒト、サービスなど貿易及び投資の流れを一層進め、日本経済の再生につなげ、ASEAN諸国と共に繁栄する。

(4)アジアの多様な文化、伝統を共に守り、育てていく。

(5)未来を担う若い世代の交流を更に活発に行い、相互理解を促進する。

 5原則を含むスピーチ「開かれた、海の恵み」も東南アジア歴訪の掉尾を飾るべく用意されていた。アルジェリアでの事件を受けて安倍首相が予定を切り上げて帰国したためインドネシアでのスピーチ自体は中止となったものの、スピーチライターの顔が浮かばないでもないその草稿は官邸HPに掲載されている。このスピーチの位置づけの高さがうかがえるというものだろう。

 5原則の特に(1)と(2)は、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった普遍的価値を強調しており、いわゆる価値観外交の現われとみなしうる。安倍首相は12月29日の読売新聞インタビューで、「価値観外交は、自由と民主主義と基本的人権といった価値観を共有する国々との関係を深め、その価値観をアジアで広げていこうというのが基本理念で、この理念に変わりはない」と明言していた。価値観外交は第一次安倍政権の時に定式化されたものだが、米国ブッシュ政権が民主主義や自由などの価値を重視する立場をとっていたこともあって、小泉政権期から日本外交が価値を強調する傾向は強まっていた。

 東南アジア歴訪について、朝日新聞の社説(2013年1月19日)は、価値観外交を唱えながら最初にベトナムを訪れるとはどういうことか、と難じている。しかし、これは、批判のための批判といわざるをえまい。安倍首相は価値観外交と並行して「ベトナムなど戦略的に重要な国々との関係も構築しながら東アジアでの外交を展開していきたい(前掲読売インタビュー)」と述べているように、価値観外交だけでアジア外交の全てを律しようとしているわけではないからである。

 安倍外交では、「2国間関係だけをみるのではなく、地球儀全体を俯瞰しながら戦略を考える(前掲読売インタビュー)」といった地政学的発想が顕著であり、その焦点が中国にあることは衆目の一致するところである。価値観外交の対象には、インド、豪州、韓国、インドネシアといった中国以外の地域重要国が含まれており、中国をけん制する意図を読み取ることは容易である。5原則がインドネシアで発表されたのはその現われだろうし、上記のスピーチには、東南アジアを「インド洋から太平洋へかけ2つの海が交わるところ」と表現するなど、中国と並んで21世紀の大国となるとみられているインドを明確に見据えた「インド・太平洋(Indo-Pacific)」概念を巧妙に忍ばせている。

 今日の国際政治では、国家間のゆるやかな連携関係が多種多様に生み出されており、国家にとって自らに有利な国家間ネットワークを形成する努力が欠かせない。価値観もその切り口の一つとなりうるが、政治的価値、それに対中警戒心を共有しているからといって、対中牽制のための連携が自動的に成立するわけではないことには留意が必要である。

 その点、最近米国外交問題評議会から発表されたDaniel Deudney and G. John Ikenberry, “Democratic Internationalism”とAsh Jain, “Like-Minded and Capable Democracies”という2つのレポートが、政治的価値を軸にした連携を重視する興味深い議論を展開している。

 両者に共通しているのは、日米欧を中心とした先進民主主義国とインドやブラジルなどの新興民主主義国を区別すべきだ、という視点である。その意味では、数年前に米国大統領候補だったマケイン上院議員が唱えた「民主主義国連盟(league of democracies)」などとは趣を異にする。例えば、民主主義諸国間の協調可能性を追求し、共通の課題についてお互いに学びあうべきと主張したDeudneyとIkenberryのレポートは、世界を「古い民主主義諸国」「新しい民主主義諸国」「民主主義世界の外部にある諸国」の3つに大別する。Jainのレポートはより具体的で、考え方が似ていてしかも能力のある(Like Minded and Capable)民主主義国による協調こそが重要であり、米英独仏伊加日豪韓EUからなる「D10」を結成してハイレベルの会合を制度化すべきと論じている。まずは先進民主主義国の連携を強化して具体的に成果を出し、必ずしも世界観を同じくしない新興民主主義国との連携は是々非々で行っていく、という現実論である。2つのレポートは、他国の民主化には消極的で、民主主義世界の主導性や優位性を維持することに注力するという点でも似通っている。

 日本とインドやインドネシアとの関係も価値観だけでは割り切れないニュアンスに富んだものであるべきだろう。より難しいのは、政治的価値の点でも力量の点でもパートナーとして問題ないはずの韓国をどう位置づけるかである。上記のスピーチ原稿でも、当地インドネシアはもちろんのこと、インドや豪州への言及はあるが、韓国への言及はない。逆に、韓国とうまく連携できれば、価値観外交は格段に力強いものとなりうる。

 なお、古い民主主義諸国とであろうと、新しい民主主義国とであろうと、民主世界に属さない国とであろうと、人と人との緊密な関係は外交関係の基盤となる。今回の東南アジア訪問では、5原則の(5)を具体化するものとして、非常に効果の高いプログラムであるにも関わらず民主党政権が廃止したJENESYSの復活が打ち出された。安倍政権は、短期的な効果を狙った発信ばかりを重視して、長期的に効果の出る交流事業にはあまり関心がないのではと懸念していた私にとって、よいほうに期待が裏切られた。諸手を挙げて歓迎したい。

  

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