2013年06月28日 公開
2023年09月15日 更新
《PHP総研研究員ブログ6月24日掲載分より》
妊娠したら、気をつけなくてはいけないのが感染症。なかでも、最も注意すべき風疹が流行を拡大している。今年に入ってから風疹にかかった人は1万人。患者数の集計を取り始めた2008年から、万の単位で流行ったのは今年が初めてだ。
なぜ、妊娠中の感染が怖いのか。言うまでもなく、胎児に影響するからだ。風疹の場合、妊娠20週頃までに母親が感染すると、子どもが難聴や白内障・緑内障、心臓疾患などを発症することがある。「先天性風疹症候群(CRS)」と呼ばれているものだ。CRSの赤ちゃんは、1999年から2011年の間に19人。それが今年はすでに6人、昨年10月からだと合わせて11人に上る。最も流行した2004年は10人だから、それを上回る勢いとなっている。
通常、風疹は春から初夏にかけて流行のピークを迎えると言われている。だから、年の後半に生まれる子どもに影響が現れてくることが多い。なのに今年は前半から報告が相次いでいる。昨年5月からの流行がダラダラと続いていたからだと思われるが、今年の2月からは感染者が急激に増えている。そのとき妊娠初期だった胎児が生まれてくるのは、これから。CRSの赤ちゃんが増えはしないか、それが心配だ。
こうした流行を防ぐために、子どもの頃に予防接種を受けていたはず。それなのに、どうしてこんなに風疹が流行っているのか。そもそも、予防注射を受けたと、自信をもって言える人はどれだけいるのだろうか。
問題は、受けていた「はず」というあいまいな記憶にある。その原因のひとつが、国の政策の移り変わり。とりわけ大きな節目となったのが1994年の法改正だ。当時、予防接種は高い効果の一方で、副反応(副作用)による健康被害が社会的問題となっていた。そこで、子どもの健康状態を見ながら受けられるように制度が変わった。それまでの義務から、努力義務へ。学校などでの集団接種から、個別接種へ。これにより、予防接種は基本的に任意となった。ただ、感染症の流行を防ぐためには、できるだけ予防接種することが望ましいものもある。そこで、決められた年齢であれば公費で負担される「定期接種」と、自費で受けられる「任意接種」に整理された。
これによって風疹の予防接種も大きく変わった。以前は、「女子中学生」が学校で「集団」で受ける「義務」だった。これが95年からは、「生後12~90か月までの男女」が保健所で「個別」に受ける「定期接種」となった。2006年からは、より免疫力を高めるために2回の定期接種となり、今日に至っている。
この国の制度変更によって、谷間の世代が生じてしまった。1979年4月2日から1987年10月1日生まれの世代だ。彼らが風疹流行の予備群となりはしないか。その懸念から、2003年まで定期接種の対象とする経過措置がとられたものの、この世代の接種率が極めて低い。次の谷間は、定期接種が1回のみだった2000年4月1日以前に生まれた世代だ。彼らのために、中学1年次ないしは高校3年次に定期接種を受けられる経過措置がとられた。だが、この世代の2回目の接種率もまた芳しくない。何より最大の谷間は、1979年4月1日以前に生まれた男性だ。彼らは義務もなく、定期接種の機会もないまま大人になった。
その谷間の世代が、いまの流行の中心となっている。今年の患者1万人のうち、8割弱は男性。年齢で見ると、15歳から49歳までが全体の8割以上。なかでも女性患者の6割は20代~30代だ。患者全体の3割は予防接種を受けていないこともわかっている。当時の懸念そのままに、谷間の世代が流行のど真ん中にいるのだ。まずは、この谷間をできるだけ埋めて、社会全体としての免疫を保たなくてはいけない。過去の反省とともに、公的な緊急措置をとることが不可欠なのは言うまでもない。
より深刻な問題は、予防接種を受けたかどうか「知らない」という現実にある。今年の患者のうち、実に65%が接種「不明」。感染して初めて記憶をたどっている、そんな姿が目に浮かぶ。自分の接種履歴がわからないから、自身の対応が後手に回り、社会のリスクを高めてしまっているのだ。
予防接種を受けたかどうか。その履歴は母子手帳に残される。「予防接種の記録」のページがそれだ。履歴を管理する必要性の高まりとともに、その記載項目は充実してきた。今では、ワクチンの種類やメーカー、そのロット、誰に接種されたかまで漏らさず記入するようになっている。だが、母子手帳は、基本的に乳幼児期の記録でしかない。定期接種のときには提示を求められても、任意接種の場合は文字通り任意のケースも多い。まして、親の手を離れた世代が、自分の母子手帳で自己管理をするというのは現実的なのだろうか。
予防接種を受けたかどうかは、病気を防ぐために必要不可欠の情報だ。本人と保護者が、その履歴を正確に把握できる。情報がひとつにまとめられ、長きにわたって管理できる。成年に達した後も、感染症から身を守るために活用できる。そんな機能を十分に果たすには、母子手帳では限界がある。そこで、「予防接種手帳」の導入を進めることが必要であると考える。
一方、国外で広く使われているワクチンを、国内でも早く、普通に使えるようにして欲しいという願いも根強い。いわゆるワクチンギャップの解消だ。医療と医薬品の進歩はめざましい。「グローバルな時代にふさわしいワクチン政策を」「速やかな予防接種の追加と、副反応に敏感に対応した接種見直しの両立を」。こうした声を受け、規制改革の重要なテーマとしても取り組まれ、今年4月の法改正に結びついた。折しも、子宮頸がんワクチンが4月に定期接種に追加され、6月には「積極的に勧奨すべきではない」とされた。これも、法改正の趣旨にのっとったものだ。
こうした方針変更は、今後ますます増えることが予想される。その時々の予防接種をどのように受けたか。あるいは、何らかの理由で見送ったか。その経緯も含めて、予防接種の履歴がいっそう重要になってくる。加えて、海外旅行する際に、予防接種履歴の提示を求められるケースが増えている。海外生活で自らの健康を守るために、どんな予防接種を受けたか把握しておくことも大切だ。そうした時代の要請に応えるためにも、やはり予防接種手帳が有効である。
CRSの赤ちゃんをもった母親の4割は、予防接種歴が不明だった。母子手帳で接種歴が確認されたのは、たった1人しかいない。接種歴のわからない父親を媒介して感染したケースもある。この状況を見ても、親としての辛さを個人の責に帰するのは、あまりに酷だ。結婚したとき、子どもを持とうと思ったとき、予防接種を受けたかどうかわかるものが、もし手元にあったなら。
国として、早急に予防接種手帳を導入することを、強く求めたい。
<研究員プロフィール:熊谷 哲>☆外部リンク
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更新:11月22日 00:05