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いじめ防止対策推進法案の“根本的な問題”を考える

2013年06月24日 公開
2023年09月15日 更新

亀田徹(政策シンクタンクPHP総研教育マネジメント研究センター長)

《PHP総研 研究員ブログ 2013年6月21日掲載より》

 いじめ防止対策推進法案が成立する見通しだ。4月に野党法案、5月に与党法案が提出された後、与野党間の協議によって一本にまとめられた法案である。

 昨年社会問題となった大津市のいじめ事件をきっかけにいじめへの対応を求める声が高まったことを受けて作成された法案であるが、この法案で問題が解決するとは考えにくい。

 法案には、根本的な問題があるからだ。

 

 第一に、法案の内容は、従来から国が通知で示していたとほぼ同じであり、法律の制定によって効果的な取組が推進されることは期待できない。

 法案には「基本的施策」や「いじめの防止等に関する措置」「重大事態への対処」等が並んでいるが、ほとんど文科省がこれまで指導してきた内容ばかりである。しかも学校現場での指導レベルの細かい内容まで法律で規定しようとしている。「いじめを行った児童等についていじめを受けた児童等が使用する教室以外の場所において学習を行わせる」との規定などだ。

 従来からの国の指導では不十分なのであれば、教育委員会や学校の実態を把握し、教育委員会や学校に対して個別に指導すべきである。そうした努力をせずに一律に法律で枠組みを定めたとしても、形式的な枠組みがつくられるだけだ。かたちを整えることではなく、個々の学校の対応を丁寧に把握し、学校現場の取組を促していくことが実際には重要であるはずだ。

 

 第二に、財政措置に関する条文が抽象的な内容にとどまっている。

 「国及び地方公共団体は、いじめの防止等のための対策を推進するために必要な財政上の措置その他の必要な措置を講ずるよう努めるものする」としか書かれていない。抽象的な規定を定めても予算確保にはつながらない。現実的には何も定めていないのと同じである。

 子どもたちの日常の様子を把握し、家庭や関係機関と連携しながら対応するには、当然、人的コストが必要になる。どれだけの教職員定数が足りないかを算定したうえで計画的な定数増を法案に盛り込まなければ、いじめ対応の充実は単なるスローガンに終わるだろう。具体的な財政措置を法案に盛り込むべく各党は努力すべきであったはずだ。

 国の役割は、細かい枠組みや前述したような指導レベルの内容をあれこれと法律化することではなく、学校現場での対応を後押しするために必要な財政措置を講じることではないか。

 

 第三の問題は、学校以外の選択肢を認めていないことだ。

 いじめがきっかけで不登校になるケースもある。文科省の報告書も「いじめによるストレスから回復するための休養期間としての意味」が不登校にあると認めるが、現実に学校に行かないことを選択するのは難しい。学校以外の場で学ぶことが制度上認められていないからだ。

 この点、野党法案には、「多様な学習の機会を確保」するため「学校への就学以外の方法による教育」に関する制度を早期に導入するという条文が附則に定められていた。だが、この条文が今回の法案では骨抜きになっている。子どもたちの学習機会を保障するための条文を与野党間協議で骨抜きにしてしまったことは理解に苦しむ。

 

 いじめ問題への対応が早急に求められていることは確かである。けれども法案は、本来求められている姿を目指すのではなく、いじめ対応のかたちを整えることに重きが置かれている。これでは学校現場に負担を強いるだけではないか。

 

<研究員プロフィール:亀田徹>☆外部リンク

 

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