
独裁を長く維持するには、強大な権力や国民への抑圧だけでは十分ではありません。歴史やナショナリズム、英雄の記憶、さらには血縁までを利用し、自らを国家の「物語」の中に位置づけることで、統治の正統性をつくり出すことも重要になります。
愛知大学国際コミュニケーション学部准教授の大澤傑氏が、ロシア、中国、北朝鮮、ベトナムなど各国の事例をもとに、独裁者が過去を再解釈し、英雄や国家の象徴を巧みに利用しながら、人びとの支持と権力の維持につなげていく手法を解説します。
※本稿は、大澤傑著『独裁者の手口 なぜ権力を握り続けられるのか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
自分に有利な物語をつくりあげることは、独裁を維持するうえで非常に重要です。このときしばしば利用されるのがナショナリズムやアイデンティティです。
ナショナリズムは、多くの国民が唯一合意できる共通認識とも言えます。こうしたものを利用してナンバーワンでオンリーワンな国家(組織)と、それを推進する正統なリーダーとしての自分を演出します。
たとえば、ロシアではプーチンが、かつてのヒトラーユーゲントのように若者を動員して、国内における愛国主義を涵養しています(西山美久『ロシアの愛国主義』)。その際に利用されるのが、独ソ戦での勝利など、スターリン時代の記憶ですが、これにより、人びとがスターリン時代を再評価し、彼と似たプーチンによる強権的な統治を許容するように仕向けているのです(マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』)。
オーウェルの『1984』で描かれたように、「過去を支配する者は未来を支配する。現在を支配する者は過去を支配する」のです。ベラルーシでも同様の組織「ベラルーシ愛国青年団」がアレクサンドル・ルカシェンコのもとで創られました。
中国でも天安門事件後、こうした取り組みが加速しているようです。同国では、アヘン戦争以降、欧米や日本から度重なる侵略を受けてきたことを「百年の恥辱」とし、それを掲げることで共産党による統治を正統化しています。被害の歴史や「欠落」も自分たちの行動を正当化することにつながるのです(デボラ・グルーンフェルド『スタンフォードの権力のレッスン』)。
また、冷戦期にスターリンの指示を受けた側近が打ち出した、世界が米国を中心とする「帝国主義的反民主主義的陣営」とソ連を中心とする「反帝国主義的民主主義的陣営」に分かれているとする二大陣営論は、対外的脅威に対抗し、体制を維持するためのものでした(「自由民主主義」対「社会・共産主義」で語られる冷戦において、この表現は興味深いものです)(横手慎二『スターリン』)。これは、昨今の「民主主義」対「権威主義」を想起させます。
人びとから愛されるためには、自らを英雄、あるいはその正統な後継者として位置づけるという方法もあります。ジンバブエのムガベやエリトリアのイサイアス・アフォルキ、そして金日成のように自身が独立の英雄なら物語を語ることは難しくありません。カリスマとして知られるナポレオンも、民意に訴えかけるポピュリストの姿勢があったことが明らかになっています(藤原翔太『ポピュリスト・ナポレオン』)。
しかし、たとえば、戦争などの英雄ではなかったとされるマルコスSr.は、自身を戦争や抗日ゲリラの英雄と主張し、絵画などを通じてそうしたプロパガンダを「創作」しました。スターリンも、レーニン亡きあと、2人で撮った写真をばらまいたとされます。しかも、彼は自分の体を拡大して大きく見えるように加工したようです(デイビッド・ギンズバーグ『暴君になる方法』)。
三代にわたって独裁が続いている北朝鮮では念入りにこうした方法がとられていることで有名です。北朝鮮は、革命を推進した朝鮮労働党とその中のリーダーの1人であった金日成に始まり、金正日、金正恩と実質的な「王朝」が続いていますが、「革命の聖地」ともされる白頭山は同国の英雄伝に欠かせない場所となっています。
建国の父である金日成からその座を継いだ金正日は、(創作とされるものの)白頭山で誕生したことを喧伝し、自らが父の正統な後継者であることをアピールします。彼が誕生したときには2本の虹がかかったとの神話もつくられます。また、彼は音楽や演劇などのエンターテインメントも金日成礼賛となるように義務づけ、「白頭山の血統」であることを拠り所に権力を固めていきました。
ただし、独裁者になりたいと願っても、自身の肉親が敬愛されるリーダーであるとは限りません。そのため、独裁者の親族、あるいは独裁者自身と結婚する者もいます。血縁関係を大切にする傾向にある日本社会でも政治・経済両面で同様の事例が多々見られるのではないでしょうか。
たとえば、現在インドネシアの大統領であるプラボウォは、当時の独裁者スハルトの娘と結婚しました。晩年になったスハルトがプラボウォを引き立てたことがスハルト体制崩壊の要因の1つになりましたが、その後、プラボウォは権力を高めていき、(彼が独裁者といえるかどうかは論争がありますが)現在では大統領の座を射止めています。
ほかに、興味深い事例として、ニカラグアのムリージョを見てみましょう。オルテガが大統領に返り咲いてから政治の中枢で活躍し始めた彼女ですが、その背景には、下野中にオルテガが養女(ムリージョの娘)に対する暴行疑惑で訴追されたという事件があるとされます。この事件に際して、ムリージョは娘ではなくオルテガの側に立ち、オルテガを大統領選挙での勝利に導いたのでした。
おそらく、こうした恩義もあって、ムリージョは副大統領、そして共同大統領の座へと上り詰めます。いまや、ムリージョはオルテガを支えるだけではなく、並び立つ存在となっています。ニカラグアでは、米国政治の独裁化を描いた人気ドラマ『ハウス・オブ・カード─野望の階段』のような政治が構築されているのです。
ほかにも、フィリピンでは、マルコスSr.と結婚したイメルダは夫からマニラ首都圏知事や、環境住居大臣に任命され、健康問題を抱える夫に代わって権力を高めていきます。博物館に寄贈されるほどの靴を買いそろえたイメルダでしたが、ピープルパワー革命によって失脚した後には、娘、息子とともに再びフィリピン政治に舞い戻り、現在では息子が大統領の座を射止めています。
自身を物語に位置づける意味でも血の力は絶大です。血がつながっていなければつなげればよいのです。
こうした方法に苦心した例が、ベトナムとミャンマーでした。現在でも一党独裁体制を敷いているベトナム共産党は、カリスマ的な建国の父ホー・チ・ミン亡きあと、自分たちの統治の正統性の課題に直面しました。結果、ホー・チ・ミンは望んでいなかったそうですが、ベトナム共産党は彼の崇拝化を決定し、ホー・チ・ミンの遺体はいまもハノイの中心地に安置され、国民に親しまれています。ホー・チ・ミンが眠るホー・チ・ミン廟の近くには国会議事堂をはじめ、さまざまな政府機関が位置していることも、建国の父がいまも政治的に重要な役割を示すことを表しています(石塚二葉「ベトナム ホー・チ・ミン」『アジアの独裁と「建国の父」』)。
戦争を経て独立したベトナムにとっては、それを主導した建国の父や軍人の英雄伝が芸術などにも表れています。ベトナム共産党はこうした英雄の系譜を継ぐことにより、自らの統治の正統性を高めていると言えます。
他方、ミャンマーでは、英雄の扱いの難しさが見られます。建国の父であり、国軍創設者でもあるアウンサンに対する称揚は、軍による独裁を続けるミャンマー政府の拠り所でした。しかし、その後、民主化運動を主導するアウンサンの娘、アウンサンスーチーが登場したことから、国軍はアウンサンの正統な後継者であると位置づけることを控えていきました(根本敬「ミャンマー アウンサン」『アジアの独裁と「建国の父」』)。こうして見てみると、そのときの政治状況によっても、英雄伝がもつ効果は変わってくると言えそうです。
ほかにもさまざまな方法があります。たとえば、国旗のデザインや国歌の変更も有効です。
ロシアでは、プーチン大統領が就任したあと、ソ連時代の国歌のメロディが復活しました。また、チャベスはベネズエラの国号を「ベネズエラ共和国」から「ベネズエラ・ボリバル共和国」に変更しました。自国の英雄を讃え、自らの地位を安定させるための試みと言えます。
Netflix のドキュメンタリーシリーズ『暴君になる方法』では、「ムーブメントをブランド化せよ」というルールが提示されます(『暴君になる方法』)。国号、国歌、国旗、コスチュームに至るまでのブランディングは、独裁者だけでなく、国民を物語の一員に位置づけ、人びとが服従でなく団結して独裁を支えるようにさせるために重要な試みだと言えます。
更新:10月06日 00:05