
クーデターや革命による権力奪取は、本来の政治的手続きを逸脱する行為です。それでも独裁をめざす者は、自らの行動を「民主主義を守るため」「国家の危機を救うため」と位置づけ、人びとの支持を得ようとします。なぜ、非合法な権力奪取が「正しい行動」として語られるのでしょうか。
愛知大学国際コミュニケーション学部准教授の大澤傑氏が、ミャンマー軍によるクーデターやキューバ、ベトナムの革命などを例に、自由や安全、民主主義といった大義を掲げて権力奪取を正当化し、統治の正統性へと結びつけていく手法を解説します。
※本稿は、大澤傑著『独裁者の手口 なぜ権力を握り続けられるのか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
軍事専門家のエドワード・ルトワックは、長期的かつ深刻な経済危機、戦争・外交での失敗、そして複数政党制における慢性的な政治の不安定などによって、政権の正統性が低下したとき、クーデターが生じる可能性が高まると論じました(エドワード・ルトワック『ルトワックの“クーデター入門”』)。つまり、国家の危機に直面したとき、その正常化を掲げて軍が政治に介入する可能性が高まるのです。
言うまでもなく、クーデターは正当な手続きではありません。仮に権力を獲得したとしても、それを人びとが受け入れてくれない可能性もあります。したがって、クーデターを実行する際には、その前後において自らが「やむをえず」クーデターを実行したことを主張し、人びとから納得される必要があります。
『独裁者になる方法─不遜なガイド(How to Be a Dictator: An Irreverent Guide)』という著作を執筆したミーカル・ヘムは、決して「クーデター」というワードを使ってはいけない、と主張します。代わりに、人権のための戦いや、憲法上の危機を解決するための「革命」という用語を使って、自らの非合法的な権力奪取を正当化せよ、というのです。
ほかにも、汚職や縁故主義(ネポティズム)の撲滅、憲法の護持、暴政の打倒、民主主義の導入などがクーデターを実施する際の「口実」になると言います(Mikal Hem, How to Be a Dictator)。
実際の例を見てみましょう。2021年2月、ミャンマーでクーデターが起きました。その際の軍の声明は以下の通りです。一部要約して提示します。
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11月8日に実施された複数政党制による総選挙で使用された有権者名簿には大きな矛盾が見つかり、連邦選挙管理委員会はこの問題を解決できなかった。
国家の主権は国民に由来するものでなければならないが、民主的な総選挙において有権者名簿に重大な不正行為があり、これは安定した民主主義の確保に反する。有権者名簿の不正問題の解決を拒否し、下院および上院の議会会期延期要請に応じない行動は、「不当な強制手段による連邦の主権の奪取行為または試み」を規定する憲法に違反し、国家の結束の崩壊につながる可能性がある。
こうした行為を受けて、各地では、連邦選挙管理委員会への不信感を示す抗議活動が数多く行なわれている。また、他の団体や個人も、国家安全保障に重大な損害を与える旗を掲げるなど、さまざまな挑発行為を行なっていることが判明している。
この問題が解決されない限り、民主主義への道が阻害されるため、法律に従って解決されなければならない。そのため、憲法に従って非常事態を宣言する。有権者名簿の精査を行ない、必要な措置を講じるために、憲法に従って、国の立法、統治、管轄の権限が最高司令官に委譲される(Al Jazeera, “Full text of Myanmar army statement on state of emergency”)。
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ミャンマーでは、軍による独裁が構築されてきましたが、2015年の総選挙で、アウンサンスーチーを中心とする国民民主連盟(NLD)が勝利を収め、民政移管がなされました(なお、1990年の選挙でも、NLDが勝利しましたが、その結果を政府は認めていませんでした)。その後の2020年の選挙でもNLDが大勝し、第二次NLD政権が誕生する運びになりましたが、いまではそれを防ぐために軍がクーデターを起こした疑惑がもたれています。
ここで注目すべきは、クーデターを起こした軍が、その根拠に選挙不正に伴う民主主義、憲法、国家結束の危機をアピールしている点です。そうした状況を正常化させるために、非常事態宣言を布告し、軍最高司令官への権限委譲の必要性を説いています。
クーデターで王政を打倒したリビアのムアンマル・アル=カダフィも、その後、大衆によって支配される共和国として「ジャマーヒリーヤ」を提唱します。
正しさを訴えることの重要性は、革命でも同様です。たとえば、中国でも毛沢東がプロパガンダの重要性を主張していました。こうした活動が実を結び、多くの人が自分たちの側に立った場合、権力を奪取する可能性はより高まります。
キューバ革命を率いたゲバラは著書『ゲリラ戦争』の中で、「フォコ(核)理論」を提唱します。そこでは、改革を求める農村の人びとからの支持を得て、運動を全国的に展開する必要性が説かれます。そのうえで、現状の苦難からの解放が必要だと説いていくことで、ゲバラは革命を成功に導いたのです(チェ・ゲバラ『新訳 ゲリラ戦争』)。この理論は、世界各地で受け入れられ、支持を得ていきます。
ベトナムで革命を主導し、独立後に統治を行なったホー・チ・ミンも人民戦争を重視し、女性組織、青年組織などあらゆる団体を組織化して、フランスからの独立、そして米国の影響力排除をめざしました。こうした民族主義的な運動が結実し、ベトナムは社会主義国家として独立を果たし、ホー・チ・ミンもそのリーダーとして権力を握ることとなったのです。
ハノイの街を訪れると、対米戦争での勝利や、戦争に女性や子供が参加したことが成功体験として語られています。彼ら/彼女らの参加なくして戦争での勝利は実現しなかったということでしょう。こうした人びとの動員がベトナム共産党の統治の正統性と結びつき、それが現在にまで至る独裁へとつながっていると言えるかもしれません。
当然ながら、権力奪取後に堂々と独裁を実施するという姿勢を支持してくれる国民はほとんどいません。そのため、権力奪取のためには、国際社会の一員としてだけでなく、国民に対して自由や安全を約束し、権力奪取の正しさを訴えることが必要なのです。
更新:10月01日 00:05