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SNSで加速する「共感」がイノベーションを殺す 凡人が天才を潰す現代の構造

2026年04月09日 公開

北野唯我(株式会社ワンキャリアCSO)

SNS 共感

SNSで加速する「共感」への依存は、どんな未来をもたらすか――。ベストセラーの『天才を殺す凡人』をはじめ、組織で働く人びとの「才能」を問い直してきた筆者が、現代社会に警鐘を鳴らす。

※本稿は、『Voice』2026年4月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

なぜいま、「共感」を疑う必要があるのか

「共感」という言葉は、現代社会において疑いようのない「絶対善」として君臨している。ビジネスの現場では「共感される経営」が持て囃され、政治の世界では「国民の痛みに寄り添う共感力」がリーダーの必須要件とされる。SNSの爆発的な普及は、この傾向を決定的なものにした。誰かの投稿に「いいね」を押し、感情を共有し、連帯すること。それは一見、分断された社会を繋ぎ止める、温かく希望に満ちた力に見えるだろう。

しかし、私はあえてここに強い警鐘を鳴らしたい。過剰な「共感」への依存は、社会から「革新(イノベーション)」の芽を無慈悲に摘み取り、私たちの未来をじわじわと窒息させているのではないか、という懸念である。

最近の例を挙げれば、生成AIの急速な進化を巡る議論が象徴的だ。OpenAIが発表した動画生成AI「Sora」などの圧倒的な創造性に対し、一部では「クリエイターの権利を守れ」「感情のない知能は危険だ」という強い拒絶反応が、凄まじい「共感」の波となってSNSを埋め尽くした。

もちろん倫理的な議論は不可欠だが、そこにあるのは論理的なリスク評価以上に、「なんとなく怖い」「自分たちの聖域を侵されるのが不快だ」という感情的な反発の連鎖である。この「負の共感」がひとたび社会の空気を支配すれば、どれほど優れた技術革新であっても、その芽を摘むための規制が「正義」の名の下に遂行されてしまう。

拙著『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版)において、私は人間の才能を「創造性(天才)」「再現性(秀才)」「共感性(凡人)」という三つの軸で整理した。この三者は互いに補完し合う関係にある一方で、根源的なコミュニケーションの断絶を抱えている。なかでも、圧倒的な多数派である「凡人(共感性)」が、その理解不能な「天才(創造性)」を数の力で排除してしまう構造を指摘した。

かつて、この「天才を殺す」メカニズムは、企業内の閉ざされた会議室や、地域コミュニティといった限定的な空間で起きていた。しかし、SNSという巨大な感情の拡声器を手にした現代、この「共感による抹殺」は、社会全体の不可視の「空気」として、より広範囲に、そして残酷なスピードで進行しているのである。

 

才能の力学と「共感」の危うさ

まず整理すべきは、才能のあいだに横たわる「評価軸」の違いである。「天才」は世界を「創造性」で測る。彼らにとっての価値は、それが新しいか、面白いか、という点にある。「秀才」は「再現性(論理)」で測る。それが正しいか、効率的か、説明がつくかが重要だ。そして「凡人」は「共感性(感情)」で測る。それが自分にとって「わかる」ものか、皆が味方してくれるものか、という点が判断基準となる。

ここで重要なのは、各才能の「人口比」と「相性」だ。社会の圧倒的多数は「凡人」であり、彼らは「共感」できないものを「存在しないもの」として扱うか、あるいは「悪」として排除しようとする性質をもつ。一方で、真に革新的なアイデア、すなわち「天才」の産物は、当初は誰にとっても「理解不能」なものである。既存の成功法則に当てはまらず、既存の感情の枠組みにも収まらない。だからこそ革新なのだ。

私は拙著のなかで「共感されるものは強いが危うい」と述べた。共感は、一度火がつけば爆発的なエネルギーを生み出す。近年のクラウドファンディングの成功例などを見れば、共感がいかに資金や人を動かすかは明らかだ。しかし、そのエネルギーは「既存の文脈」に依存している。人びとがすでに知っていること、すでに正しいと思っていることにしか、共感は宿らない。

一方で、歴史を塗り替えるような発明は、つねに「非共感的」な場所から生まれる。iPhoneが登場した際、「物理キーボードがない電話など使いにくい」という否定的な「共感」がどれほど溢れたかを思い出してほしい。もし当時のアップルが、SNSの「いいね」の数を最大化することを経営目標にしていたら、iPhoneはこの世に誕生していなかっただろう。共感に基づいた評価システムは、必然的に「過去の延長線上」にあるものばかりを肯定し、まったく新しい「未知の未来」を拒絶するバイアスを内包しているのである。

 

SNSという「共感の温床」が作り出す監獄

SNSは、この「共感の危うさ」を極限まで増幅させる装置である。プラットフォームのアルゴリズムは、ユーザーが「共感しやすいもの」を優先的に表示するように設計されている。いわゆる「フィルターバブル」だ。0.数秒のスクロールのなかで指を止めるのは、自分の価値観を肯定してくれる言葉や、既知の文脈に沿った「わかりやすい」物語、あるいは反射的な怒りを誘発する扇情的なコンテンツだ。

この環境下では、複雑な文脈や、一見して理解できない深遠な問いは、単なる「ノイズ」として処理される。SNS社会において「価値がある」とされるのは、より多くの人から「いいね」という名の共感を得られるものである。しかし、前述のとおり、革新とは最初は誰からも理解されないところからスタートする。つまり、SNS的な価値観を基準にするかぎり、真に新しいものは「いいね」が集まらないどころか、「理解不能な異物」として叩かれる対象になってしまう。

さらに深刻なのが、現代の猛威である「キャンセルカルチャー」だ。一度、ある著名人や企業の言動が、特定のコミュニティにおいて「不快」や「共感できない」とレッテルを貼られるやいなや、負の共感はウイルスのように伝播し、その人格ごと社会から抹殺しようとする動きが加速する。そこには論理的な検証も、その背後にある創造的な意図を汲み取ろうとする寛容さも存在しない。

たとえば、過度なポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)の波によって、かつての名作映画や表現が「いま見ると不快だ」という共感ベースの批判に晒され、配信停止に追い込まれるケースが相次いでいる。過去の遺産を否定するエネルギーは、裏を返せば、これからの表現者が「誰の感情も逆なでしない、無味無臭なもの」しかつくれなくなるという、深刻な創造性の萎縮を招いている。

かつての社会には、こうした過激な共感から「天才」を守るための緩衝地帯があった。しかしいまは、未熟なままのアイデアが世論という名の荒波に即座に晒されてしまう。この「露出の過剰」が、革新が育つために必要な「静かな潜伏期間」を奪っているのである。

 

企業の意思決定を蝕む「空気」の正体

この「共感の暴走」は、ビジネスの現場、とりわけ企業の意思決定プロセスにも深刻な影を落としている。

「組織の意思決定に共感性を入れるのには慎重になるべきだ」と私が主張するのは、共感(凡人的才能)の武器が「数」だからである。合意形成を重視し、反対者を出さないように配慮し、誰もが納得できる結論を導き出そうとすれば、そのアウトプットは必然的に「もっとも無難で、もっとも尖った部分のない」ものへと収束していく。

最近の企業のマーケティング戦略を見れば、その迷走ぶりが顕著だ。ある大手飲料メーカーが新商品の広告を出した際、一部のSNSユーザーからの「性別役割分担を助長する」という批判に怯え、即座に広告を取り下げたことがあった。しかし、その批判者の数は、全消費者から見ればごく僅かであったことがのちに判明する。それでも企業が動いてしまうのは、SNS上の「共感(この場合は負の共感)」が、あたかも社会全体の総意であるかのような錯覚、すなわち「空気」を作り出してしまうからだ。

現代の経営者や政治家は、つねにこの「空気」という名の視線に怯えている。新しい事業を立ち上げる際、あるいはリスクを伴う改革を断行しようとする際、その判断基準が「未来のために何が必要か」という大義ではなく、「どうすれば炎上を防げるか」「どうすれば世間に共感(納得)してもらえるか」という消極的な守りの姿勢にすり替わっている。

これは「論理」を司る秀才たちにとっても受難の時代である。本来、彼らはデータの再現性に基づいて天才を支えるべき存在だが、数値化された「SNSの反応」という名の疑似データが、彼らの論理を歪めてしまう。「数字(いいね数やインプレッション)が出ているから正しい」という短絡的な思考が、長期的なブランド価値や戦略を圧倒していく。結果として、企業は「既存の顧客が喜ぶもの」ばかりを作り続け、破壊的なイノベーションを見過ごすことになる。

イノベーションとは本質的に「非連続」であり、既存の共感の枠外に存在する。リーダーが「共感」という名の多数決に安住することは、組織から多様性と生命力を奪い、ゆっくりとした衰退へと導く行為に他ならない。

 

SNS時代の「共感の神」の新たな使命

才能と評価軸の関連性

では、この閉塞した状況のなかで、私たちはどう動くべきか。 拙著では、天才(創造性)を理解し、その価値を凡人(共感性)に翻訳して伝える役割として「共感の神」という存在を定義した。SNSが浸透しきった現在、この「翻訳者」としての役割は、かつてないほど重要、かつ困難なものになっている。

かつての「共感の神」は、特定のコミュニティ内で天才を支えればよかった。しかしいまは、世界中と24時間繋がったSNSという戦場において、天才を「守り、育てる」必要がある。SNS時代の「共感の神」に求められるのは、単に「世間に受けるかたちに整える」という受動的な技術ではない。むしろ、「どの共感を取り入れ、どの共感をあえて無視すべきか」を選別する、冷徹なまでの知性と強靭な精神力である。

彼らは、天才の生み出す「異物」を、世の中が受け入れられるかたちにパッケージングするだけではない。時には、世の中の激しいバッシングから天才を隔離し、彼らの創造的な孤独を死守する「物理的な防波堤」にならなければならない。たとえば、あるプロジェクトがSNSで批判を浴びたとき、そのリーダーがすべきは、安易な謝罪や方針転換ではない。部下である「天才」に対し、「外の雑音は気にするな、私が責任をとるから思い切りやれ」と言い切れるかどうかだ。

また、SNS上の表面的な「共感」の裏に隠された、人びとの真の欠乏や深層心理を読み解き、それを革新のエネルギーへと転換する高度な洞察力も必要とされる。経営者やリーダーが「共感の神」として機能するためには、まず自らがSNSのタイムラインから物理的に目を離す時間をもつべきだ。

スマートフォンの画面越しに見える「一万人の顔の見えない賛成」よりも、目の前にいる一人の「異能の士」が発する、震えるような情熱や、不器用な提案に耳を傾ける。数値化されない熱量、言語化されない直感を信じ抜く。それこそが、情報過多の時代における究極のリーダーシップである。

 

未来への「不協和音」を許容する社会へ

政治家や経営者を含む『Voice』の読者諸賢に最後に伝えたいのは、「共感されないこと」を恐れない、ということである。

現代の日本社会には、「失われた三十年」という言葉に象徴されるような、停滞感が漂っている。その原因の一つは、私たちが「失敗すること」以上に「他人から浮くこと(=共感されないこと)」を極端に恐れるようになったからではないか。同調圧力という名の共感が、個人の突き抜けた挑戦を「身の程知らず」と冷笑し、組織の変革を「波風を立てるもの」として忌避させてきた。

しかし、歴史を振り返れば、私たちがいま、当然のように享受している文明の利器や社会システム、芸術の数々は、かつてその時代の「共感」の枠外にいた、孤独な開拓者たちの格闘から生まれたものばかりだ。コペルニクスの地動説も、ダーウィンの進化論も、発表当時は社会を揺るがす「不快なノイズ」であり、激しい非難の対象だった。もし、その時代にいまのSNSがあったなら、彼らの発見は「不謹慎」として瞬時に葬られていたかもしれない。

私たちはいま一度、SNSがつくり出す「心地よい共感の檻」から意識的に外に出る必要がある。自分とは異なる意見、理解できない主張、時には不快にすら感じる新しさを、安易に排除するのではなく、「そこに未来の種があるかもしれない」と、あえて「不協和音」を許容する寛容さを、社会のなかに、そして自分自身のなかに再構築しなければならない。

SNSと向き合うとは、単に利用時間を減らしたり、発信を控えたりすることではない。SNSがもつ「共感の力」を認めつつも、その限界を冷徹に見極めることだ。共感は「手段」であって「目的」ではない。共感は「推進力」にはなるが、進むべき「方向」を指し示す羅針盤にはなり得ない。進むべき方向を決めるのは、いつの時代も、共感に媚びない個人の信念と、論理に基づいたビジョンである。

「革新」を殺さないために。そして、私たちが真に豊かな、予期せぬ未来を築くために。いまこそ、安易な「いいね」の手を止め、思考の深淵へと潜り、誰もまだ共感していない「真実」を探しに行く勇気が、私たち全員に求められている。

 

おわりに

松下幸之助翁が『Voice』を創刊した1977年、世界はいまほど繋がっていなかったが、その分、一人のリーダーが深く思索し、大局を見渡すための「余白」があったように思う。今日、情報の海のなかでその余白を確保することは、極めて贅沢で、かつ戦術的な行為である。

最近、ある若手起業家が「SNSをやめることで、ようやく自分の声が聞こえるようになった」と語っていたのが印象的だった。他人の共感を求めることを放棄したとき、初めてその人独自の「創造性」が息を吹き返す。

SNS社会の「共感」という名の甘い罠に抗い、孤独な「革新」の声を聴き取ること。それが、21世紀の日本を導くリーダーたちの、最も重要な務めであると確信している。

 

プロフィール

北野唯我(きたの・ゆいが)

株式会社ワンキャリアCSO

1987年、兵庫県生まれ。神戸大学経営学部卒業。就職氷河期に博報堂へ入社。その後、ボストン コンサルティング グループを経て、2016年、ワンキ ャリアに参画。現在、取締役執行役員CSO。著書に『天才を殺す凡人』『転職の思考法』『分断を生むエジソン』『仕事の教科書』などがある。

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