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ネット選挙解禁は政治をより難しくする

2013年03月12日 公開
2023年09月15日 更新

永久寿夫(政策シンクタンクPHP総研研究主幹)

―― 問われる政党のガバナンスと統治体制のあり方――

米国や韓国はじめ、ITが普及した国々ではすでに当たり前となっているネット選挙が、日本でもいよいよ解禁されそうである。電子メールの送信を政党と候補者に限定する自公案と誰にでも認める民みん案でいささか違いがあるものの、ホームページやブログはもちろん、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアを活用した選挙運動の解禁について、各党の姿勢は一致している。国会の趨勢を考えれば、自公案で決着するはずだが、政党や候補者以外のものが電子メールで選挙活動を行うのを完全に把握するのは無理であり、いざ選挙が始まれば電子メールも含めた事実上の全面解禁となるだろう。

ネット解禁によって選挙がどう変わるのか。政党や候補者は、投票日ぎりぎりまで、選挙戦の流れに対応しながら、有権者に向けて情報やメッセージをダイレクトに伝え続けることが可能となる。工夫次第で、選挙期間中の集会や演説会などへの有権者の動員を増やすこともできる。また、ネットにもっとも慣れ親しんでいる若者が、これまで距離感を感じていた政治を自分ごとととらえるようになり、投票に行く可能性が高まるとも期待される。もちろん、いまでもネットは政治活動のコミュニケーションツールとして使われ、すでにこうした現象はあらわれているが、それがいっそう加速化されると予想される。

もっとも、ネットは通信料が極めて安価なので、いわゆる「おカネのかからない選挙」が実現するかといえば、それは疑問である。ネット選挙解禁となっても紙媒体を使ったこれまでのやり方を止めるわけにはいかないだろうし、ネットを駆使するにはプロの力が必要であり、それにはやはりおカネがかかる。結局、選挙ツールが一つ増える分、よけいに経費がかさむということになりかねない。さらに、紙媒体でもあった誹謗中傷の類はネット上では爆発的に増えるだろうし、韓国での例を見るように、「落選運動」なども起きる可能性がある。

こうしたデメリットも数々あるが、それでもネット選挙解禁は歓迎すべきことであろう。現代社会では当たり前のコミュニケーションツールとなっているネットを、普段の政治活動には使ってもいいが、選挙中だけは使ってはならないというのは、あまりにも不自然であると同時に、有権者の便益をも阻害するものだからである。ただ、IT技術の発展とネット選挙の解禁による今後の政治への影響には、単に若者を中心とした政治参加を促し、一方で誹謗中傷をも増やすといった以上のものがあるのではないかと考える。それは政党政治のあり方に対するインパクトである。

過日、憲政記念館で行われた「ソーシャルメディアが政党政治に引導を渡すのか?」というイベントで、東浩紀、小川和也、鈴木寛、平将明、辻野晃一郎、津田大介、松田公太という、そうそうたるメンバーが、ソーシャルメディアの発展とネット選挙の解禁が政治家個人と有権者個人のつながりを強め、政党政治を脆弱化させると論じていた。さらに、この流れは直接民主主義につながるものとして肯定的に評価していたような印象を受けた。たしかに、政治家個人と有権者個人のつながりは強まっていくにちがいないし、それは一面望ましいことだが、政治に機能不全をもたらす副作用もあるのではないかと気にかかる。

かつて、中選挙区制はバラマキ政治を起こしやすいと言われた。政権をねらう政党は同一選挙区に複数の候補者を立てねばならず、候補者たちはお互いを差別化するために、所属政党の公約ではなく、特定の集団や地域に対する利益分配によって集票しなければならなかったからだ。これが財政肥大化の要因の一つであったわけだが、債務をこれ以上増やせない状況のなかで、こうした利益分配を継続するのは難しい。だからこそ、選挙制度改革が行われ、政党主導の政策づくりが叫ばれ、いわゆるマニフェスト選挙が行われるようになった。成果は別として、これが90年代からの政治の流れである。

ネットによる政治や選挙の進展は、この流れを変えてしまう可能性があるのではないか。候補者が選挙で勝とうと思えば、ネットを駆使して地元の有権者の関心を調査し、それがかりに所属政党の掲げた政策と反するものであっても、地元の状況に合わせた政治行動をとろうとするだろう。こうした動きは選挙制度改革直後からも見られなかったわけではないが、ネットによって加速されれば、政党の力を頼らない一匹オオカミの政治家が増え、政党の政権公約(マニフェスト)は有名無実化し、所属政治家に対する統制力はおろか、みずからの存在理由すら失いかねない。

中選挙区制時代においては、政権党内の派閥がそれぞれ候補者を立てるという状態があり、派閥内の親分子分関係と派閥間の貸し借りが、利害調整に重要な役割を果たしていたが、選挙制度改革を転機にその姿は変容し、利害調整の機能も低下させてきた。そうしたなかでの政治家の一匹オオカミ化は、政治家間の利害調整が政党内では収まらず、議会に移動していくことを意味する。直接民主主義に近づいたと評価する向きもあろうが、とりまとめ役が不在では、イシューごとに議会内のアドホックな力関係で何事も決まるということになりかねず、決まったことの全体像を見ると整合性を欠いたものに陥る恐れがある。

また、とりわけ懸念されるのは、内閣運営への影響である。内閣が政党という組織を基盤とする以上、政党のガバナンスが脆弱化すればするほど、内閣の組織としての一体性も脆弱にならざるをえない。これまでも閣僚はもとより首相の顔も頻繁に変わってきたが、そうした状態がこれまで以上に起こりやすくなるのではないか。閣僚を辞めさせることも、あるいは党籍から除名することも、当人の選挙になんら影響はないとなれば、閣内不一致の抑止力にはならないだろう。内閣は不一致のまま突き進むか、一致するまで顔を変え続けることになるのではなかろうか。いずれにしても安定的な政治は行えない。

この点、ネット選挙の先輩である米国も韓国も二元代表制をとっており、政党のガバナンスが脆弱化したとしても、日本ほど大きな影響はないと考えられる。イシューごとに同一政党の議員それぞれの態度が異なり、クロスボーティングになったとしても、行政府の長であり、有権者から直接選ばれている大統領が、政党内で生じる混乱から受ける影響は限定的である。今後我われが検討していかねばならないのは、ネットの活用によって政治や選挙が変容するなかで、いかに政党のガバナンスを維持していくか、さもなければ変容に適合するよういかに統治制度を変えていくかということのように思われる。

研究員プロフィール:永久寿夫☆外部リンク

 

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