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2013 年 日本が着目すべき10 のグローバル・リスク

2012年12月26日 公開
2023年09月15日 更新

PHP総研グローバル・リスク分析プロジェクト

世界システムの再編

 以上のような政権移行や経済の退潮傾向は、世界システムが再編される中で生起することによってリスクを増幅し、また世界システムの再編を加速してもいる。

 20 世紀後半の世界システムは、基本的には日米欧の先進国を中心とするものであり、特に冷戦終結後は、日米欧のパワーやそれが主導する自由で開放的な秩序の優位は圧倒的なものとなった。多少の波風はあっても、ロシアや中国などもいずれはそうした既存秩序に統合されていくものと楽観されていた。だが、21 世紀に入り、中国やインド、ブラジルが高い経済成長を続けた結果、長らく国際政治を主導してきた日米欧先進国を少なくとも経済規模において凌駕する可能性があり、そうでなくとも経済力の増大にみあった政治的発言力を求める動きをみせている。

 なかでも中国の台頭は顕著であり、経済のみならず軍事的にも大国化し、特に最近では強気の外交姿勢が目立つようになっている。冷戦期の東西関係と異なり、米国や日本と中国の関係は経済的には密であるものの、政治体制や安全保障上の利害では対立する面が大きいため、パワー・シフトの中で相互不信が発生しやすい状態にある。中国は国家主権や軍事力を重視する国であり、東アジアにおいては、中国とその近隣国や域外の大国との間で、先進国間では見られなくなった伝統的な権力政治が展開される傾向が強まっている。特に現状維持勢力と現状変更勢力の綱引きの舞台として引き続き注目すべきは、中国周辺の海洋域である(リスク②)。中国は東シナ海、南シナ海をともに「中国の湖」にすることを目指して陰に陽に持続的な圧力を加え、米国の後押しを得た国々との間で持久戦が繰り広げられると考えられる。偶発的な武力衝突が発生すれば、その後の地域秩序の帰趨にも甚大な影響を及ぼすだろう。日本にとって死活的に重要な朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の新しい指導層が硬軟取り混ぜた動きをみせるはずだが、それはまた米中が激しく綱引きする中で行われることになる(リスク③)

 北アフリカから中東、中央アジア、南西アジアにかけての地域でも、イランやトルコのような国々が自己主張を強めているが、この地域では、伝統的な権力政治とは異なる力学も働いている。9.11 以降、米国がアフガンやイラクで展開してきた対テロ戦争、2011 年のアラブの春を経て、この地域の多くの国では政府の領域支配力が弱まり、そこに莫大な量の武器が流入した。結果として、武装勢力やテロ組織は攻撃能力を著しく高め、各所に一種の聖域を構築するにいたっている(リスク⑤)。「重武装の三日月地帯」とでもいうべきこの一帯には、コントロール困難な烈度の高い暴力が蓄積されてしまっており、その矛先がいつ何時、これまで比較的安定していた地域諸国や米国等の域外勢力に向けられるか予断を許さない。シリア内戦や駐リビア米国大使殺害事件はその前哨に過ぎないかもしれない。その累がサウジをはじめとする湾岸諸国に及べば、その影響は計り知れないものがある。

 かくして、世界システムは新たな再編期を迎えている。2003 年に発表した著書(邦訳は『国家の崩壊-新リベラル帝国主義と世界秩序』〔北沢格訳、日本経済新聞出版社、2008 年〕)の中で、英外交官でEU 事務局の要職にあるロバート・クーパー(Robert Cooper) は、今日の世界が、EUや日本のように多国間協調や開放性を重視する「ポストモダン世界」、国家主権を絶対視し、自国の存続を軍事力に依存する「モダン世界」、アフガニスタンのように国家が機能せず、混沌が支配する「プレモダン世界」の3 つの世界で構成されていると分析した(米国は国内社会についてはポストモダン世界の性格を持つが、軍事的にモダン世界と対峙してきたがゆえに対外的にはモダン世界の性格を有するとされる)。現在の世界は、ポストモダン世界の代表格たる欧州が経済危機によりその規範的指導力を弱め、東アジアにおける国家間関係はモダンな色彩を濃くし、中東を中心とする一帯ではプレモダン世界が激しい暴力性を抱え込みながら広がっている。このような時代にあっては、思い込みを捨てて世界の流れを正確に捉えることが何よりも重要になる。
  

 ゲーム・チェンジャーの到来 (サイバー、エネルギー、水)

 世界システム再編は現在の動きの単純な延長として生じるのではなく、従来繰り広げられてきたゲームのルールを劇的に変える「ゲーム・チェンジャー(gamechanger)」の登場によって屈折もし、飛躍もするだろう。本レポートが注目する「ゲーム・チェンジャー」は、サイバー空間、エネルギー、水をめぐる動きである。

 あらためて論じるまでもなく、情報技術の進展により、現代社会はますますサイバー空間に依存するようになっており、結果として、サイバー空間における攻撃や事故に対する脆弱性も高まっている(リスク⑨)。金融、エネルギー、医療などの重要インフラを標的にしたサイバー攻撃が発生すれば、主要国の経済活動や日常生活に大きな混乱がもたらされるだろう。そのことは、国家間の軍事的な優劣のバランスや攻撃と防御のバランスを大きく変える可能性があり、それどころか個人や小集団に国家や社会システムに挑戦する能力を付与するかもしれない。サイバー攻撃の出所を特定するのは困難である。国家間の場合には軍事的な全面衝突にエスカレートするおそれが相互に攻撃の自制をもたらすが、確信犯的な個人や小集団の場合そうしたメカニズムは働きづらい。世界的な統治不全が広がる中、社会に対して激しい不満を持つ層が増大しており、それが高次のサイバー攻撃能力と結びつく兆候に警戒が必要である。

 現在生起しているエネルギー環境の激変は、各国の戦略的な利害計算にも大きな影響を及ぼし、国際政治のゲームのルールをまさに塗り替えるインパクトをもっている。焦点の一つは、米国発のシェール・ガス革命である。IEA が2012 年11 月に発表した「世界エネルギー見通し(World Energy Outlook 2012)」は、米国が2017年までに石油・ガス生産量で世界最大となり(その後抜き返される)、いずれはエネルギー自給も可能になる、との見通しを述べている。そのことは、エネルギー需給を緩和しうる一方で、エネルギー自給が可能になった米国をより内向きにし、中東やエネルギー輸送路の安定に対する米国の関心を低下させてしまう可能性もある。他方で、米国がシェール・ガス、シェール・オイルの一大輸出国になれば、米国は国際的に影響力を及ぼす新たな手段を獲得することになる。

 もう一つの焦点は原子力であり、むしろこちらの方が短期的な起爆力は大きい(リスク⑧)。福島第一原発事故以来、日本を含む一部の国では原子力発電への抵抗が強まっており、そのことは当面他のエネルギー供給者を有利にするだろうし、リトアニアでみられたように原発ビジネスに急ブレーキがかかる場合もあるだろう。注目すべきは、日本が原発ビジネスから撤退することが安全保障面で与える影響である。自民党の政権奪回により民主党政権が進めてきた原発ゼロ政策は再考されそうだが、日本の原発技術の優位性が維持されるかどうかは微妙であり、その帰趨は日本との連携によって原発市場における競争力を維持してきた米国にも多大な影響を及ぼす。それは単に原発ビジネスの問題にとどまらず、米国が核不拡散を進める際の強力なテコの一つを失わせることになりかねない。引き続き原発を推進する国々に、より安全性の低い原発が供給されることにもつながりうる。各国がエネルギー政策を見直すことにより、深刻な摩擦が随所で発生することになるだろう。

 人間の生存にとって文字通り必要不可欠な水資源も、ゲーム・チェンジャーとなりうる(リスク⑩)。人口増や都市化によって水需要は増大傾向にあり、中国による大型ダム建設が下流に位置する国との紛争の源泉になるなど、国際河川の上流に位置する国と下流に位置する国の水争いは深刻化の兆しをみせている。水不足が一層深刻化すれば、ヴァーチャル・ウォーター概念が定着し、日本のような食料輸入国が世界の水ストレスの原因として非難を受ける事態も想定すべきだろう。逆に言えば、高い水利用技術を持つ国は、新たな競争優位性を獲得することにもなる。より広い意味では、気候変動の影響で、豪雨や旱魃が猛威をふるう程度が高まっている可能性にも留意する必要がある。異常気象の常態化により、洪水や渇水の被害はもちろん、食料生産やサプライチェーンへの打撃をいかに織り込んでいくかが大きな課題になるからである。

 言うまでもなく、日本も以上のようなグローバルな文脈に深く巻き込まれている。そうした中で、いかなるリスクを想定し、それに備えていけばよいか。本レポートでは、そうした検討を行うに際しての着眼を提示していく。

◎各リスクの具体的な内容は「政策シンクタンクPHP総研(PCサイト)の当該ページ」

 

■代表執筆者(50音順)

飯田将史 (いいだ・まさふみ)
防衛研究所地域研究部北東アジア研究室主任研究官
1972年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒。同大学政策・メディア研究科修士。スタンフォード大学修士(東アジア論)。専門は中国の外交・安全保障政策と東アジアの国際関係。編著に『中国-改革開放への転換』(共著、慶応義塾大学出版会)など、近刊に『海洋へ膨張する中国』(角川SSC新書)がある。

池内 恵 (いけうち・さとし)
東京大学先端科学技術研究センター准教授
1973年生まれ。東京大学文学部イスラム学科卒。同大学総合文化研究科博士課程単位取得退学。専門はイスラーム政治思想、中東地域研究。著書に『現代アラブの社会思想-終末論とイスラーム主義』(講談社)、『アラブ政治の今を読む』(中央公論新社)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社)。『フォーサイト』(ウェブ版、新潮社)で連載「中東 危機の震源を読む」とブログ「中東の部屋」を担当。

 金子将史 (かねこ・まさふみ)
政策シンクタンクPHP総研主席研究員
1970年生。東京大学文学部卒。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学修士。松下政経塾塾生等を経て現職。外交・安全保障分野の研究提言を担当。PHP総研国際戦略研究センター長を兼任。著書に『日本の大戦略-歴史的パワー・シフトをどう乗り切るか』(共著、PHP研究所)、『パブリック・ディプロマシー』(共編著、PHP研究所)、『世界のインテリジェンス』(共著、PHP研究所)等。

 菅原 出 (すがわら・いずる)
国際政治アナリスト
1969年生。アムステルダム大学卒。東京財団研究員、英危機管理会社勤務を経て現職。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『秘密戦争の司令官オバマ』(並木書房、2013年1月下旬刊行予定)等がある。国際情勢を深く分析する有料メールマガジン「菅原出のドキュメント・レポート」(週1回発行)が好評を得ている。

 林 伴子(はやし・ともこ)
東京大学公共政策大学院客員准教授
1965年生。東京大学卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士号。主な著書に、『マクロ経済政策の「技術」-インフレ・ターゲティングと財政再建ルール』(日本評論社)、『インフレ目標と金融政策』(共著、東洋経済新報社)、『世界金融・経済危機の全貌-原因・波及・政策対応』(共著、慶應義塾大学出版会)、『世界経済読本』(共著、東洋経済新報社)。

 保井俊之(やすい・としゆき)
慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科特別招聘教授
1962年生。東京大学教養学科卒。国際基督教大学博士(学術)。政策研究大学院大学客員教授を兼務。著書に『「日本」の売り方-協創力が市場を制す』(角川oneテーマ21新書)、『中台激震』(中央公論新社)、『保険金不払い問題と日本の保険行政』(日本評論社)等。日本コンペティティブ・インテリジェンス学会論文賞を10・11年度受賞。

 

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