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2012年 日本が注目すべき世界の10大リスク

2012年01月27日 公開
2023年09月15日 更新

PHP総研グローバル・リスク分析プロジェクト

 《 「PHPグローバル・リスク分析」2012年版 より》

 PHP 総研グローバル・リスク分析プロジェクトが選び出した、2012 年の世界において日本が着目すべきグローバル・リスクは以下の通りである。

リスク(1) ソフトな輸出障壁による地域経済ブロック形成の動き
リスク(2) 欧州・米国の経済低迷とその世界的連鎖
リスク(3) 歳出大幅削減による米国の対外関与の全般的後退
リスク(4) 中国による米国の「口先コミットメント」への挑戦
リスク(5) 南シナ海における緊張の持続と偶発事故の可能性
リスク(6) 金正恩新体制下の北朝鮮が展開する生き残りゲーム
リスク(7) ミャンマーをめぐる米中の外交競争の熾烈化
リスク(8) 米パ対立激化とアフガン情勢悪化で南アジアが不安定化
リスク(9) 米軍撤退後の力の空白がもたらす中東大動乱
リスク(10) 核兵器開発への国際包囲網強化でイラン暴発の可能性

 各リスクの具体的な内容は「政策シンクタンクPHP総研のホームページ」のPDF(文末にURLを表記*)で読んでいただくとして、ここではまず、個々のリスクがおかれているグローバルな文脈をみていくことにしたい。それぞれのリスクは固有の力学で動いているが、より広い視点をとることで、個々の事象をより立体的に理解することが可能になるはずだからである。

 2012 年におけるグローバルな文脈としてとりあげるべきは「主要国における指導者交代と政権選択選挙」と「歴史的なパワー・シフト」である。いわば短期的大変動と中長期的大変動が交差するのが2012 年という年であり、それが世界各地でリスクを増幅させる可能性に注視していく必要がある。

*政策シンクタンク PHP総研 「PHPグローバル・リスク分析」2012年版(PDF)http://research.php.co.jp/research/foreign_policy/pdf/PHP_GlobalRisks_2012.pdf

 

主要国における指導者交代と政権選択選挙:確実に生じる不確実性 

 2012 年という年は、国際政治にとってイベントの多い一年になる。主要国が一斉に国政選挙や指導者交代を迎えるからだ。2012 年には、言ってみれば、確実に発生する不確実性がビルトインされているのである。

 何よりも米国では、4 年に一度の大統領選挙があり、上下両院の選挙も行なわれる。再選を目指すオバマ大統領の人気は高くないが、共和党の候補もいずれも決め手に欠け、2013 年に誰が大統領職にあるか、最後の最後までもつれ込む可能性がある。

 中国では、2012 年の第18 回党大会で、胡錦涛国家主席、温家宝首相を含む共産党中央政治局常務委員会の常務委員9 人のうち7 人が交代する。習近平が国家主席に就任することはほぼ間違いないとみられているが、その他の陣容はまだ流動的である。関連して注目すべきは、本報告書発表直後に実施される、台湾における総統選挙と立法委員選挙である。その結果次第では、中国国内で強硬策を唱える向きが強まり、新指導部への移行に影響するかもしれない。香港でも行政長官と立法議会議員の選挙が行なわれる。

 韓国では、2012 年4 月に総選挙、12 月に大統領選が予定されている。次期大統領にはハンナラ党の朴槿惠が最有力と思われていたが、国民的人気のある安哲秀をリーダー格とする政治的ポピュリズムが急速に台頭しており、2011 年10 月のソウル市長選挙で朴元淳を当選させるまでにいたっている。李明博政権の下での安定感のある対外政策が続くかどうか予断を許さない。

 北朝鮮にとって、2012 年は必ずしも既定の指導者交代年ではなかったが、2011 年末に金正日総書記が死去し、期せずして金正恩新体制が実質的にスタートする年となった。2012 年という年は、かねて「強盛大国の大門を開く」年と位置づけられており(最近は「強盛国家」と表現がトーンダウンしている)、2 月16 日の金正日総書記70 歳誕生日から4 月15 日の故金日成国家主席の誕生100 周年までは本来であれば祝賀一色になるはずだった。金正日総書記死去による服喪で記念行事の位置づけは遺訓継承をアピールする色彩が強まろうが、いずれにせよ金正恩体制の確立が最優先であることは間違いなく、対外政策もその変数として位置づけられることになるだろう。

 ロシアもまた2012 年3 月に大統領選挙が予定されている。それに先立つ2011 年12 月4 日、下院選挙が行なわれたが、プーチン首相を党首に掲げ、メドベージェフ大統領を比例名簿第一位に据えた政権与党・統一ロシアが辛うじて過半数は維持したものの、315 から238 議席へと77 議席も議席数を減らした。しかも、これは政権与党側が大規模な不正選挙を行なった上での結果であり、もし、より公正な選挙が実施されていたら、与党・統一ロシアは過半数維持さえ危うかったとの見方が有力である。クリントン米国務長官も12 月6 日、ロシア政府に「徹底した調査」を求める声明を発表しているし、ロシア国内でもモスクワやサンクトペテルブルグ等の大都市で大規模な反政府デモが行なわれている。ただ、他に有力候補が見当たらないこともあり、2012 年3 月の大統領選挙でのプーチン首相の勝利は揺るがないであろう。それでもこれまでのような盤石な政権基盤が揺らいだ中でのスタートとなるであろう新プーチン政権が2012 年という移行期にどのような対外戦略をとっていくか注目される。その他、地域重要国であるフランスやメキシコでも大統領選挙が予定されている。

 主要国における選挙や政権移行がこれだけ重なることはきわめて珍しい。国内の権力闘争は間違いなく活発化し、そのことが誰もが望まない方向に政策をゆがめてしまう可能性もある。具体的には、欧米の経済動向 〔リスク(2)〕 や米国の国防・安全保障予算 〔リスク(3)〕 でそのおそれがある。また、国内のオーディエンスからの弱腰批判を意識して過剰に強硬姿勢をとらざるをえなくなり、それが相互作用することで、思いがけずエスカレーションが生じる危険性もある。特に米中関係 〔リスク(4)〕 、中台関係については、その可能性に注意が必要である。北朝鮮のような国にとっては、こうした状況はむしろ好機と感じられるかもしれない 〔リスク(6)〕 。

歴史的なパワー・シフト

 より大きなトレンドとしては、世界が歴史的なスケールでのパワー・シフトのただなかにあることを押えておく必要がある。先進国はいずれも財政赤字と低成長に苦しんでおり、ギリシャ危機以降は欧州経済の状況が深刻だが、日米の経済もふるわない。それを尻目に中国等の新興国は高い経済成長を続けてきた。昨年、中国のGDP が日本を抜いたばかりだが、このままいけば、遠からず米国をも抜き去ることになる。近代以降常に世界の中心だった日米欧先進国の圧倒的な優越状態は幕を閉じつつある。

 今日の先進国と新興国の関係はきわめて複雑である。先進国と新興国の行動は相互に大きな影響を及ぼしあっており、一種の複合体が生成している。この「先進国/新興国複合体」は、経済的には密接に相互依存しているが、価値や利害の面では対立が大きく、政治的には親密な関係が成立し難い。先進国と新興国、とりわけその代表である米中の関係は、ある場合には対立、ある場合には協調に極端に揺れ動く、振れ幅の大きいものにならざるをえない 〔リスク(4)〕 。

 急激なパワー・シフトが生じる場合、追いつかれる側と追いつく側に不信感が高まり、過去には戦争にいたることも多かった。米中間ではどうか。経済的な相互依存や戦争の被害の甚大さを考えれば、両者の直接の利害対立だけで戦争が生じる可能性は低い。軍事衝突がありうるとすれば、北朝鮮の挑発行動に米中が巻き込まれたり 〔リスク(6)〕、国内の強硬派におされて中国が台湾の武力統一をはかったりというシナリオであろう。

 より蓋然性が高いのは、外交的な競合やルール形成競争、サイバー紛争などの武力紛争にいたらない水面下でのせめぎ合いの激化である。ミャンマーのような戦略的要衝にある国々では米中の外交的睨み合いが活発化しようが 〔リスク(7)〕、そうした国々にとっては独自の機略をとる余地が高まるかも知れない。特に留意すべきは、米国他の先進国が形成してきた様々なルールに中国他の新興国が挑戦し、先進国側が更なるルールの革新で対抗する、といった場面が増えそうなことである。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をめぐっての米中の綱引きはその典型例であり、同様の展開は南シナ海等の海洋航行の自由でもみられるだろう 〔リスク(5)〕。

 中国が挑戦国となる可能性とこの地域で予想される市場規模の拡大を考えれば、米国がその戦略的重心をアジアにおくことは自然であり、事実このところオバマ政権は北東アジアから東南アジアをカバーするアジア太平洋重視を明言しており、2011 年11 月のオバマ訪豪時に海兵隊の豪州駐留が決まるなど、具体的な動きもみられる。だが、中国の側も米国の決意がどの程度のものかを、陰に陽に試し、米国がこの地で提供する抑止の信憑性を突き崩そうとするだろう 〔リスク(4)〕。

 米国がアジア太平洋に回帰するには、9.11 テロ以降米国が中東や南西アジアに振り向けてきた戦略資源をシフトしなければならない。国防費の大幅削減は、そうした選択と集中を余儀なくする 〔リスク(3)〕。だが、南アジア 〔リスク(8)〕、中東の情勢 〔リスク(9)〕 は今なお不安定である。2012 年は「ポスト対テロ戦争時代」の元年にもあたる。前年末に9 年近くイラクに駐留した米軍が全面撤退を完了した。2012 年にはアフガニスタンからも増派兵力を撤退させ、米軍のミッションは確実に縮小していく。米国が約10 年にわたって文字通り力ずくで築き上げてきた秩序が崩れ始め、米軍撤退により生じる力の空白を埋めようと競い合う各勢力のパワー・ゲームが、南アジアや中東を確実に不安定化させるであろう。特に中東においてはアラブの春以降新しい戦略的ランドスケープが開けつつあり、中でもイランの核開発をめぐっては事態の急速な展開がみられる 〔リスク(10)〕。新たな軍事的対応を迫られる可能性もゼロではなく、米国は容易にこの地域から足抜けできないかもしれない。

 先進国と新興国のせめぎ合いは様々な正面で繰り広げられようが、他方で、国際経済や環境などの分野では両者の協力が必要である。だが、先進国と新興国の国内状況は、両者の協力を複雑にする方向に働いている。

 先進国では、社会保障の持続性への不安や経済の停滞のため、国民の政治不信が恒常化している。米国のウォール街占拠デモにみられるように、国民の不満は示威行動として顕在化しており、先鋭化のおそれも否定できない。だが、それ以上に可能性が高いのは、国民の不満に乗じたポピュリズムの台頭であり、人気取り政策への傾斜である。先進民主主義国においては社会保障給付削減や増税など国民に痛みを強いる政策をとることができず、問題が先送りされがちになる。他方で新興国の側も、国民の支持をつなぎとめるには経済成長を続けねばならず、それには再配分を抑制せざるを得ないという悩みがある。民主主義体制の先進国では負担の配分ができず、権威主義体制の新興国は富の配分ができないという、逆向きの隘路に陥っているのである。

 こうした中では、他国を犠牲にして自国が助かろうというゼロサム的な政策が選択されやすくなる。近年随所で見受けられるゆるやかな経済ブロック形成の動き 〔リスク(1)〕は、その1つの現われである。加えて、先進国が経済的な余力を欠き、新興国も政治社会の安定性を欠くため、世界的な重要課題解決でのリード役不在が続くだろう。先進国と新興国の微妙な間合いも協調を難しくする。欧州-米国の連鎖金融危機が発生した場合に(リスク②)、主要国が2008 年の世界金融危機の際にみられたような協調行動をとれなければ、新興国経済も巻き込まれ、世界経済の立ち直りに非常に長い時間を要することになろう。

 以上みてきたように、2012 年の世界においては、主要国における政権移行や政権選択選挙、それから歴史的なパワー・シフトという、短期と長期の2つの激流が交差することになる。米中はじめ各国が、国内政治に揺さぶられる中で、ゲームのルールを自らに都合のいいように引きなおそうとしながらゲーム・プランを展開するという複雑な様相を呈しそうである。不確実性はきわめて大きいが、うまく対応すれば好機となるかもしれない。日本も、リスクを避けることに汲々とせず、先を見越して新しい流れに関与し、よりよい流れを自らつくり出そうとすべきだろう。そのためにも、日本の利益を左右するグローバルな情勢についての的確な判断が不可欠である。

 ◎各リスクの具体的な内容は「政策シンクタンクPHP総研のホームページ」


■代表執筆者

菅原 出 (国際政治アナリスト)

1969年生。アムステルダム大学卒。東京財団研究員、英危機管理会社勤務を経て現職。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)等がある。国際情勢を深く分析する有料メールマガジン「菅原出のドキュメント・レポート」(週一回発行)が好評を得ている。

 

保井俊之  (慶應義塾大学先導研究センター特任教授)

1962年生。東京大学教養学科卒。国際基督教大学博士(学術)。政策研究大学院大学客員教授を兼務。著書に『中台激震』(中央公論新社)、『保険金不払い問題と日本の保険行政』(日本評論社)等。日本コンペティティブ・インテリジェンス学会論文賞を10・11年度受賞。

 

金子将史 (政策シンクタンクPHP総研 国際戦略研究センター長兼主席研究員)

1970年生。東京大学文学部卒。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学修士。松下政経塾塾生等を経て現職。外交・安全保障分野の研究提言を担当。近刊に『日本の大戦略-歴史的パワー・シフトをどう乗り切るか』(共著、PHP研究所)。
 

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