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分断の時代に「合意を形成する」ための交渉戦略

2025年07月22日 公開
2025年07月23日 更新

向井豪(元財務省・世界銀行)

「分断の時代」の国際交渉術

『分断の時代』と言われて久しい。経済的な不平等や政治的なポラライゼーション、文化的対立などを背景に、近年、社会や政治において意見や価値観の相違が深まり、相互の理解や協力が困難となっていると言われる。

例えば、現在、筆者が住んでいるアメリカ合衆国では、リベラルVS保守といった政治的イデオロギーや人種間での問題が影響を及ぼし、選挙や社会的な議論の際に激しい対立が見られている。そのほかにも、人々が自分の属するグループに固執するあまり、「結論ありき」で議論に参加する結果、合意の形成どころか、お互い言いっ放しになっておしまい、という場面も様々なシーンで見受けられる。

お互いの立場や価値観が硬直化し、相手に対して耳を貸すことが難しくなった要因には様々あるだろう。格差や不平等、利害の対立など、根底にある本質的なギャップが社会全体で抜き差しならなくなっていることも大きいと思われるが、そのほかにも、立場や価値観が自らのグループの中で組織化・絶対化されていく中で、ポジション・トークが蔓延し、個々人の主観や柔軟な発想を臨機応変に採り入れづらくなった、という構造的な問題もあるかもしれない。

また、個人レベルでは、最近のSNSに関する問題に見られるように、異なる情報源や意見に触れる機会が減少することで、同じ情報空間にいる人々の間で認識のずれが広がっているという問題も、しばしば指摘されている。

こうした混迷の時代・『分断の時代』がグローバルに広がり、深化しつつある中で、私達は議論を通じてどのように合意の形成を図っていくべきなのだろうか。

特に、グローバルのビジネス・シーンでは、イシューとなっている利害関係以前に、文化や宗教、価値観など様々な背景を持つ人々との間で折衝が行われる。自分の所属する会社や組織の主張や立場をどのように相手に理解させ、合意に導いていくかというのは、ことのほか難しい作業であるように思われる。

本稿は、こうした現状を踏まえて、筆者が日本の財務省、および米国ワシントンD.Cにある世界銀行で経験してきたクロス・ボーダーでの業務を元に、現代という難しい時代の中で実践しうる国際交渉の秘訣を紹介するものである。

通常のビジネス・シーンにおいても活用できるような事柄が盛り込まれているはずなので、参考にしていただければと思う。

 

『多角形』で物事を捉える

「交渉術」というと、通常、連想されるのは、自分と相手、という一対一のやり取りをどのように有利に運んでいくか、というところにフォーカスが置かれがちである。いわゆる「ディベート」が典型例であるが、トピックに関わる事実関係を調べたり、主張の論理性を確かめたりすることで、自己の主張や立場が相手のそれよりも優れているということを証明する作業である。

しかしながら、このアプローチを議論する側の双方が採用してしまうと、実は多くの場合、議論が噛み合わず、水掛け論に陥ってしまうことに注意する必要がある。『分断の時代』の中で、相手が最初から妥協する気がなく、双方の間で落とし所を探ろうとする意欲もない場合はなおさらのことだ。

お互いが言いたいことだけを言い合って合意形成がなされないまま、結局振り返って、何のための議論だったのかすらよく分からなくなる…といったこともしばしばある。

自分と相手の間で、どちらの主張や立場が優れているか、というアプローチをとる限り、明快な出口を見出すことは難しい。そこで重要なのは、「多角形で物事を捉える」というアプローチである。

これは一言で言えば、自分と相手の二者だけを見るのではなく、それ以外の第三者をあえて視野の中に入れて、場合によっては直接やり取りに巻き込むことで、議論の当事者を取り巻く構図全体を見て、自分に有利な流れを作り出していくという考え方である。例を示そう。

ある時、世界銀行において、持続可能な開発のためのある投資ファンドをめぐり、出資者(この場合、出資国)間で会議が行われた。1年前に立ち上げられたばかりのファンドであり、これから具体的な投資先(この場合、投資先国)を含めて、新しい投資戦略が決められようとしている。

ある出資国Aが東南アジアX国への投資を主張し、出資国Bがラテン・アメリカY国への投資を主張した場合、出資国AとBがどちらの新興国がベターかで水掛け論を展開するのはナンセンスである。この時、出資国Aが行ったのは、投資先の議論が行われる前に、ファンドの組織運営に関わる別のセッションで出資国Cが行ったある発言を引用したことだった。

前セッションの中で、出資国Cは、投資ファンドの財務の健全性の観点から、同ファンドが過度な為替リスクを取るべきではないという警鐘を鳴らしていた。出資国Aは、出資国Bに対して、ラテン・アメリカY国への投資エクスポージャーが過去数年間、非常に大きな為替リスクに晒されていたことを踏まえ、「前のセッションにおける出資国Cの立場も踏まえると、投資先はよりリスクをコントロールしやすい東南アジアX国にすべき」と主張。議論の結果、同投資ファンドの重点投資先には東南アジアX国が選定されることとなった。

この事例から読み取ることができるのは、出資国Aが主張を展開するにあたって出資国Cの発言を引用したことで、人為的に出資国A&C対出資国Bという2対1の構図を作り出したという点である。

殊に、同事例の出資者会合のような、多国間の交渉の場面では、個々の発言の主張としての正しさや精確さというのは、重要でないとは言い切れないものの、必ずしも最終的な決め手とはならない。むしろ重要なのは、議論の参加者から示されたある主張が、他にどれだけ多くの参加者達から支持されたか、というのがポイントになる。

そしてこの事例における出資A国が優れていたのは、自身の主張が(一見、無関係でありそうな)出資国Cの主張と同旨のものであることを際立たせることで、全体から見て、出資国Bと比べて数の論理で優っているということを暗示し、主張できた点にある。

向井豪

 

どのように『多角形』をデザインするか

相反していた出資国AとBの主張だけを見るオーソドックスなアプローチを、AとBを結んだ一本の直線として図式化するとすれば、出資国Aが取ったアプローチというのは、そこにCという別の点を用意し、A-B-Cの三角形を作り出すことで、自身に有利な構図を作ったということである。

これが、『多角形』で物事を捉えるということだ。この事例では、たまたま当事者のAとB以外にCだけが登場したが、実際の状況に応じて、より細かい論点ごとにDやE、F等々を加えるなど、より複雑な多角形を作り上げて相手を囲い込んでいくというアプローチが考えられる。

対立する相手と自分の主張の中身だけに着目するのではなく、第三者の発言やポジションにも注意を払いながら、自分の主張を補強できそうな事柄はそれらを意識的に関連付け、取り込んでいくのがこのアプローチの要である。

上記の事例では、分かりやすさを重視して、投資ファンドの出資者会合という「会議体」を念頭に置いたが、『多角形』で物事を捉えるためには、こうした会議体の存在が必ずしも必要不可欠ではないということにも注意したい。これが仮にAとBの間の二者間のインフォーマルな折衝だったとしても、このアプローチを活用することができる。

例えば、AとBがそれぞれの場所で共通して関わっている第三者や、Bに影響力のある他のステークホルダーをあえて登場人物に引き込んだり、それらの立場や主張を引用したりすることで、架空の多角形を双方の頭の中で作り出して、議論を有利な方向に導くというものだ。

『分断の時代』においては、残念ながら相手がどのような主張を如何なる理由や考え方で行なっているかというより、その相手が自分のグループから見てどの程度近いか遠いか、多少、下世話に言えば、相手が自分の仲間(に近い)かどうか、というような、直観的なものが重視されてしまいがちである。

『多角形』で捉えるというアプローチには、相手から見た相手というものを一見できるだけ多様化してみせることで、自分が自らのポジション・トーク(自分の立場や状況に都合の良いようになされた発言)だけに固執して主張しているわけではないことを相手に示すことができる。それによって、相手が自分の主張や立場を無視したり、否定したりすることを難しくするという効果が期待されるのだ。

 

おわりに

こうしたアプローチは、何も国と国との国際交渉だけでなく、世界を舞台とするビジネス・シーンにおいても大いに活用できるはずだ。

例えば、企業が海外に市場進出しようにも、プロダクツに対する現地の規制当局の承認基準が厳しすぎて市場投入ができないような場合。企業は目の前にいる規制当局だけでなく、自国の政府ないし現地の業界団体など、適切な第三者に見解や応援を求めることで、円滑に話を進めることができるかもしれない。

自分と相手という、「二点で結んだ直線」のことだけを考えるのではなく、第三者も含めた、『多角形』という「面」を意識し、それをどのように丁寧にデザインしていくか。クロス・ボーダーの折衝が求められる様々な場面で、こうした発想がこれまで以上に重要になっていると思われる。

 

【筆者紹介】向井豪(むかい・ごう) 国際NPO法人グローバル・ヘッド(元財務省・世界銀行)
東京大学卒業後、財務省に入省。コロンビア大学大学院卒。国際局、大臣官房、主税局等を経験し、世界銀行や金融庁監督局等に出向。主に国際金融分野で活躍。その後、出向先であった国際機関(世界銀行)にそのまま転籍し、世界銀行・気候変動グループにてサステナブル・ファイナンスの普及に尽力。
日本がG20の議長国を担った2019年、財務省において企画立案の一翼を担い、G20合意文書「質の高いインフラ投資原則」を起草。その経験を後に、日本・財務省を拠点とした世界との関わりから、よりグローバルな舞台で活躍。”Marquis Who's Who in America”(2025年版)に選出。

プロフィール

向井豪(むかい・ごう)

国際NPO法人グローバル・ヘッド(元財務省・世界銀行)

国際NPO法人グローバル・ヘッド(元財務省・世界銀行)
東京大学卒業後、財務省に入省。コロンビア大学大学院卒。国際局、大臣官房、主税局等を経験し、世界銀行や金融庁監督局等に出向。主に国際金融分野で活躍。その後、出向先であった国際機関(世界銀行)にそのまま転籍し、世界銀行・気候変動グループにてサステナブル・ファイナンスの普及に尽力。
日本がG20の議長国を担った2019年、財務省において企画立案の一翼を担い、G20合意文書「質の高いインフラ投資原則」を起草。その経験を後に、日本・財務省を拠点とした世界との関わりから、よりグローバルな舞台で活躍。”Marquis Who's Who in America”(2025年版)に選出。

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