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波紋を呼んだ神奈川県の「県有施設全廃」

2012年11月21日 公開
2023年09月15日 更新

佐々木陽一(政策シンクタンクPHP総研地域経営研究センター主任研究員)

公共施設の改廃対策に近道はない

 神奈川県は10月17日、外部有識者会議「神奈川臨調」(臨調)の提言を受けた「緊急財政対策」を発表した。11月15日まで、県内5地域では対策の中身に関する県民説明会も開催された。対策の発端は、平成24年度予算が編成時に900億円(県の一般財源1兆1,921億円の約8%)の財源不足に陥ったこと、後年度以降も財源不足が常態化する可能性が高いことにあった。対策の柱は、(1)県単独補助金・負担金の凍結・見直し、(2)人件費の抑制などからなり、なかでも注目されたのは、臨調が「県有施設の原則全廃」を提言した点であった。しかし、これには問題も多く、全廃に向けた戦略と符合した合意形成への取り組みが必要不可欠である。

 問題の1つは、県が「聖域を設けずにゼロベースから徹底的に見直す」と宣言していた対策の中身が、臨調の提言内容から大きく後退した点である。対策のなかで県は、県民利用施設124ヵ所と出先機関98ヵ所を見直し対象施設に挙げたが、臨調の提言通りに「廃止」の方向を打ち出せたのは9ヵ所(うち5ヵ所は既に「廃止」が確定していた)に留まった。また、施設別に「廃止」「移譲」「集約化」「指定管理者の導入」などの方向性を示した一方、歴史博物館など「現行運営の継続(運営改善)」とした施設が全体の3割(36ヵ所)を占める結果になっている。

 対策に関する合意形成も稚拙と言わざるをえない。住民側からすると、施設の「原則全廃」は、行政サービスの切り捨てという、誤ったメッセージに受け取られかねない。実際、藤沢、鎌倉、大和、三浦の各市議会は意見書を可決し、県有施設を廃止しないことなどを求めているし、この問題に関して、県議会への陳情数は既に40件超に上っている。つまり、施設に関するコスト情報や県民の合意形成がなく、いきなり方向性だけが提示されたことによる副作用は、起こるべくして起きたと言えよう。さらに、時間不足も問題である。公共施設の改廃は、議会での条例改正が必要だが、今年度中に審議を尽くすのは困難である。提言~対策策定~説明~対策着手まで約半年というスケジュールは、やはり性急に過ぎたであろう。必要性自体の検討段階からの県民の合意形成なくして、施設全廃は画餅になる恐れが強い。

 財源不足の対策として、県有施設の全廃をタブー視せずに、そのあり方を見直すという方向感に間違いはない。ただ、全廃という衝撃的なメッセージが独り歩きしてしまい、各施設の具体的な対策を議論し県民の理解と協力を得るプロセスが後手に回っている。「廃止」だけでなく「移譲」「民間活力の導入」などが示された施設にも丹念な検討を要するものが少なくない。重要なのは、対策の狙い(必要不可欠な行政サービスとは何か)を明らかにした上で、県民ニーズの名の下に肥大化した行政サービスをスリム化する方法を探ることである。公共施設の改廃対策は、緩すぎてもいけないが拙速でもいけない。県には、危機感をあおるだけでなく、具体的で実効性のある対策を合意形成で積み上げていく取り組みが強く求められる。

 <研究員プロフィール:佐々木陽一>☆外部リンク

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