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最新の実証的研究に基づいた海軍軍人の優れた評伝2冊【書評】

2025年09月22日 公開

奈良岡聰智(京都大学教授)

海軍軍人の評伝2冊『西郷従道』(中央公論新社)『加藤友三郎』(吉川弘文館)を京都大学教授の奈良岡聰智氏が紹介する。

※本稿は、『Voice』2024年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

レベルが上がってきた海軍研究

日本近代史研究では、伝統的に陸軍に強い関心が寄せられ、海軍研究は傍流と見なされがちであった。軍人の評伝も、陸軍に比べて海軍のものは少なかったように思う。

しかし、近年は海軍研究も非常にレベルが上がってきている。以下の2冊は、いずれも最新の実証的研究に基づいた海軍軍人の優れた評伝として推奨できる。

 

西郷隆盛の弟「小西郷」の実像

小川原正道『西郷従道』は、明治海軍建設のうえで大きな役割を果たした西郷従道の評伝である。

彼が西郷隆盛の弟で、兄が「大西郷」と称されたのに対して「小西郷」と呼ばれていたことは、よく知られている。征韓論政変や西南戦争で大久保利通を支持し、兄と敵対する悲劇的立場に立たされたことも、司馬遼太郎『翔ぶが如く』などの文学作品やドラマで描かれてきた。

しかし、その後海軍大臣などの要職を歴任したにもかかわらず、従道自身についての研究はほとんど存在しなかった。本書は、事実上従道の初めての本格的評伝である。

著者の小川原氏は、隆盛と従道いずれが「大」きく、「小」さかったのかは慎重に吟味しなければならないと指摘し、兄隆盛の動向と対比しながら、従道の前半生を描く。

兄と同様「情」の人であると同時に、天皇に忠誠を尽くしつつ、明治国家の基礎を固め、その発展に貢献することをめざしていたというのが、著者の描く従道像である。

征韓論政変以降の兄弟の微妙な関係についての記述は、非常に説得的である。同氏の『西南戦争』(中公新書)を併せ読むと、より理解が深まる。

もともと従道は陸軍軍人であったが、内閣制度発足にあたって海軍大臣に就任し、以後総計約10年間その座にあった。

この間彼は海軍の近代化に努め、日清戦争にあたっては陸軍と協調しながら的確な戦争指導を行なった。海軍内では山本権兵衛と斎藤実を見出し、次世代を担うリーダーとして育成した。

一般に日本の海軍建設にあたっては「日本海軍の父」山本の役割が大きかったと言われることが多いが、こうした評価にはやや修正が必要かもしれない。

本書の後半では、元勲としての事績や私的生活についても丁寧に描かれており、明治政界における従道の役割の大きさが理解できる。

 

優れた国際感覚を持つ傑出した軍政家

西尾林太郎『加藤友三郎』は、大正期に海相・首相を歴任した加藤友三郎の評伝である。

加藤は広島県出身で、海軍兵学校(海兵)7期生である。山本権兵衛(海兵2期生)に抜擢され、斎藤実(海兵6期生)らとともに軍政家として活躍した。

原敬内閣の海相時代に全権としてワシントン海軍軍縮会議に参加し、海軍部内の強硬論を押さえて、主力艦の軍縮を決断したことはよく知られている。その後、軍縮の実施時期には首相も務めた。派手なエピソードは少ないが、加藤は日本海軍史のなかでもっとも傑出した軍政家の一人である。

加藤についてはこれまで数冊評伝が出ているが、歴史学による実証研究の成果をふまえた評伝はなかった。著者の西尾氏は、長年の明治・大正史研究の成果を活かして、加藤の全生涯を追っている。

本書で特徴的なのは、加藤の海軍軍人としての活動を、一次史料に基づいて丹念に紹介していることである。

たとえば、加藤は明治期に3回遠洋練習航海に参加しているが、本書ではその際に加藤が海外でどのような経験をしたのかを具体的に説明している。

こうした経験についての分析から、加藤が優れた国際感覚をもつに至った理由が理解できる。加藤は実戦でも有能であり、日本海海戦の際には連合艦隊参謀長として東郷平八郎司令官を支えた。著者は当時の状況についても考察している。

本書のハイライトは、何といってもワシントン会議で、原首相との関係、随員選定の経緯、吐血しながら「対米6割」で交渉をまとめた様子などが詳細に分析されている。

同会議は各国の排他的利害ではなく、人類共通の普遍的価値観を追求する場であるというのが加藤の信念で、病をおして会議の妥結に尽力した姿は感動的である。

本書が同会議研究の第一人者である麻田貞雄氏の英語の著作や英米の一次史料を参照していないのは惜しまれるが、それらをふまえて、今後研究がさらに進むことが期待される。

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