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京大教授が読む『「反・東大」の思想史』【書評】

2025年08月01日 公開

奈良岡聰智(京都大学教授)

国家のエリート養成機関として設立された「東大」。最高学府の一極集中に対し、昂然と反旗を翻した教育者・思想家たちが掲げた「反・東大」の論理とは?書籍『反・東大の思想史』(新潮社)を京都大学教授の奈良岡聰智氏が紹介する。

※本稿は、『Voice』2024年9月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

京大関係者の中にある鬱屈した感情

「反・東大」の思想史。何とも刺激的なタイトルである。

「東京大学に対抗しうる学府をめざして創設された」京都大学を卒業し、現に同大学で教鞭をとっている身としては、ぜひとも読まねばならないと思って読み始めたが、期待を裏切らず、圧倒的に面白い本であった。著者の博識と斬新な解釈には、何度も唸らされた。

本書の考察の主軸は、知識人や学生などの東大に対する批判や対抗意識で、明治から現代まで概ね時系列に沿った叙述がなされている。1章ごとに異なる大学を取り上げているため、各章を独立した読み物として読むこともできる。

全体を通して、時代や大学によってさまざまな「反・東大」の言説や意識が存在してきたこと、現代の東大批判もその延長線上にあることがよくわかる。

著者が「反・東大」の言説の出発点として位置づけているのは、慶應義塾の創設者・福澤諭吉の東大批判である。福澤は幕末に慶應義塾を創設し、明治政府に先んじて近代的高等教育に取り組んだ。

明治10年に東京大学が創設される以前、官立の高等教育機関は貧弱で、最新の西洋知識をもつ人材を育成する役割をもっとも担っていたのは、慶應義塾であった。

また、明治初期には、中江兆民がつくった仏学塾など、慶應義塾以外の私立学校も大きな影響力をもっていた。こうした状況をふまえて、著者は、もし政府が官立学校をつくらずに私学を育成する方針を選んでいたとしたら、多数の私立学校が覇を競い合う世界が生まれていたかもしれないと指摘している。

しかし実際には、そうはならなかった。東大をはじめとする官立学校が整備されていくなかで、私学は正式に大学を名乗れず、国からの補助金も得られないなど差別を受けるようになり、私立学校生は官学との格差に煩悶するようになっていく。

明治10年代後半には慶應義塾の経営も困難になり、やがて福澤は「官尊民卑」打破のため、東大批判を展開するようになっていった。

こうした福澤の東大批判は「在野の精神」として称揚されることが多いが、彼の主張はそれほど単純ではなかった。たとえば東大創設当時、福澤は自身の息子たちを将来東大に入れるべく、東大予備門(旧制一高の前身)に入学させていた。

この点に関して著者は、福澤が「日本で唯一存在する『大学』に子供を進学させたいという親心には勝てなかったのだろうか」と記している。

また、興味深いことに、福澤は貧しい者を高等教育から締め出すことを明確に肯定しており、貧乏人に高度な教育を与えれば「社会の安寧」を乱すと主張したことさえあったという。

評者が個人的にもっとも興味をもって読んだのは、京大について分析した章であった。明治30年に第2の帝国大学として創設された京大は、「自由の学風」を標榜し、東大にはないさまざまな新しい取り組みを行なった。

たとえば法科では、詰め込み教育を排して、少人数のゼミを開講し、卒業論文制度を導入したりした。しかし、このために公務員試験の合格実績が振るわなくなった結果、京大法科の教育は明治40年ごろから次第に東大型に接近していった。

この言わば挫折の過程は、潮木守一氏の研究などによってすでに明らかにされているが、本書はこれ以降の歴史を追い、さらに踏み込んだ考察を展開している。

明治末から大正期にかけて、京大法科は定員割れが続き、東大不合格者を無条件で入学させたり、東大が受け入れていないさまざまな学校からの入学者を受け入れたりしていた。

これは京大が東大の下位に座ることを意味し、自校に誇りをもつ京大生からすれば、耐えがたい屈辱であった。こうして、京大関係者のなかには鬱屈した感情をもつようになった者が出てきたようである。

著者は、そうした感情が、京大の「仮面浪人」に対する対応や、東大・京大の交流行事の様子から見てとれると分析している。

このような鬱屈した感情は、「反・東大」の言説全般につきまとう問題のように思われる。

東大関係者側がこれをどう受け止めていたのか、鬱屈した感情を乗り越えた(あるいは乗り越えられなかった)先に何があったのかなど、興味が尽きない。

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