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尖閣諸島をめぐる負のスパイラルを断ち切れるか

2012年08月06日 公開
2024年12月16日 更新

前田宏子(政策シンクタンクPHP総研主任研究員)

 尖閣諸島の購入をめぐる動向が、大きな関心を寄せられるようになっている。東京都の石原知事が都として購入の意欲を示した後に、日本政府も国有化の方針を示すようになったが、現在のところ、地権者は都への売却を望んでいると報じられている。

 本来であれば、国が所有する形がもっとも望ましい。尖閣諸島を防衛する能力をもつのは国であり、都ではない。東京都民からすれば、国がやるべきことをなぜ都民が負担するのかという不満が生じ、国民全体の視点からみれば、都の政策によって日中関係全体が振り回されるという理不尽さがある。また、万が一、尖閣周辺で危機や有事事態が発生し、政府が対応しなければならなくなった際、国有地であったほうが、手続き面などでも迅速な対応を取ることができる。いずれにせよ、都が購入しても、国に売却するか、国と賃貸借契約を結ぶことになる可能性が大きい。

 尖閣諸島は日本固有の領土であり、海洋戦略上も重要な意味をもっているが、個人的には、それが尖閣防衛のもっとも重要な理由だとは考えていない。妥協や譲歩によって、より大きな利益が得られるようなケースなら、そのような選択肢が考慮されてよい。しかし尖閣諸島は日本が実効支配してきた地域であり、そのようなケースに該当しない。尖閣の防衛は、この地域における秩序のあり方と関わってくる問題である。中国がその軍事力や経済力を恣意的に利用し、周辺諸国を強制的に従わせるような秩序は、日本にとって受け入れがたい。

 尖閣の防衛は非常に重要だということを強調した上で、さはさりながら、あの小さな無人島群が、日中関係全体を停滞させ、世界経済第2位と第3位の国家の間で、武力衝突をも引き起こしかねない事態となっているのは、あまりにバランスを欠いた状況である。日中双方が、批判の応酬と対抗措置の引き上げを繰り返す悪循環が続いているが、それによって利益を得るのは誰なのか。予算と発言力を上げたいと考えている中国の海洋機関関係者や人民解放軍将校、それに威勢のいいことを言い、支持力や販売力アップに利用したい者くらいだろう。

 日中間の経済関係や人の交流は増大の一途を辿っているにもかかわらず、多くの人々の意識が尖閣に占められてしまっている現状は健全ではない。確かに、領土問題は他の利益と簡単にバーターできない重要な利益であるとしても、日本人の側も、最近、視野狭窄に陥っているのではと思われる節がある。頭に血を上らせ、声高に自らの正しさを主張しても、問題が解決するわけではない。国際社会から日本の立場に対する支持を得るための効果的な宣伝、中国を取り巻く情勢、中国政治・社会の分析など、総合的な対中戦略を考えていく中で、尖閣問題の解決も位置づけられるべきである。日中間には論じるべき協力、問題などが多くある。尖閣問題を軽視してはならないが、それが日中関係全体の利益や他の問題への関心の薄さにつながってはならない。

 日中関係の改善のためには、やはり政治家が果たすべき役割が大きい。尖閣問題は当分の間解決が見込めない問題であり、まずは、日中間で危機管理のメカニズムを構築することが重要である。すでに日中政府の各関係部門間でそのための対話は始まっているが、今後もそのような取り組みが継続され、危機が生じたときに実際に機能するような仕組みにする必要がある。

 今のところ、尖閣をめぐる緊張が経済関係などに影響を及ぼす状況にはなっていないが、問題が長引きエスカレートすれば、他の分野にも悪影響を及ぼすようになるだろう。18回党大会前でもあり、いまのところ中国政府は比較的、抑制的な態度をとっているが、新しい中国の指導部は、弱腰との批判を避けるため、強硬な手段をとるようになるのではと危惧する声もある。日中両政府は、新しい指導者の誕生を、むしろ現在の日中関係の流れを変える転機とすべく、水面下で話し合うべきである。尖閣問題を単独で扱っても成果があるとは考えにくいので、他の海洋問題に関する協力や協議と抱き合わせにし、緊張緩和を図る一方、新しい指導者が誕生した後に、日中の指導者が、日中関係に関する新しい前向きのメッセージを発することを期待する。尖閣防衛のための努力は、大声をあげず、粛々と進められていくべき類のものであろう。

 <研究員プロフィール:前田宏子>☆外部リンク

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