2023年11月06日 公開
DV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)を語る上で、被害者支援に比べ、「加害者をいかに更生するか」といった視点は、今まで語られてこなかった。
本記事では、ノンフィクション作家の石井光太氏による「DV加害者のグループワーク」の取材から、「知られざる加害者の更生の実情」に迫る。
見えてきたのは、加害者たちの驚くべき思考回路、より正確に言えば「自分の言葉で考えることを放棄している」実態だった――。
2022年、全国の警察に寄せられたDV(家庭内暴力)相談件数は、8万4496件を数え、10年連続で最多を更新した。
増加しつづけるDV相談件数だが、その内情には大きな変化が起きている。
一時代前まで、DVは主に夫による妻への身体的暴力として行われていた。殴る、蹴る、物を投げるといったことだ。
だが、国がDV防止法を改正して取り締まりを強化したり、児童虐待における面前DV(子供の目でDVをすること)を心理的虐待として監視体制を強めたりしたこともあって、あからさまな暴力事件は減少傾向にある。
だが、それと入れ替わるように、配偶者に対する「言葉による心理的DV」が増加しつつある。怒鳴りつける、嫌味を言う、プレッシャーをかけるといった行為である。DV加害者は身体的な暴力を振ることが減った一方で、言葉によって相手を追いつめるようになったのである。
私も取材の中で、言葉によるDVを度々目の当たりにしてきた。
ある夫は仕事のストレスを発達障害のある妻にぶつけていた。毎日帰宅して顔を合わせる度に、「気持ち悪い」「今すぐ消えろ」「生きているだけで目障りだ」などと罵りつづけるのだ。
仕事中もことある度にLINEで罵り、コロナ禍で在宅ワークに切り替わってからはそれが一層増した。夫のDVによって、妻は心を病み、自殺未遂をくり返すようになった。
反対に、妻が夫に対して行う心理的DVもある。年上の妻と、3人の娘たちが、うつ病になった夫をグルになって罵詈雑言を浴びせかけるといったことがあった。
「仕事のできないハゲ」「臭いから帰ってくるな」「おまえは私たちのATMでしかないんだよ」など暴言はどんどん激しくなっていった。
病気の夫は一人で生きていけないため、妻子の罵声に耐えていたが、うつ病を悪化させて食欲不振に陥り、栄養失調から生死の境を彷徨うことになった。
これらは事件化したケースだが、日本のDV家庭では大なり小なり似たような暴力的な言葉が飛び交っている。厄介なのは、DV加害者の多くは罪の意識を持っておらず、場合によっては正義感すら抱いていることだ。
それほどゆがんだ夫婦間のコミュニケーションはどのようにして起こるのか。
DVを軸に、家庭の「言葉」について考えてみたい。
午後7時過ぎ、関西圏のとあるビルの冷房の効いた部屋で、DV加害者のグループワークが行われていた。
全体を取り仕切るのは、立命館大学産業社会学部・人間科学研究科教授で対人暴力を専門とする中村正氏だ。
この日のグループワークに参加したDV加害者の男性は4名。年齢層は30代~60代と幅広く、スーツ姿の者もいれば、作業着に地下足袋でやってきている者もいる。4人はみな収入があり、外見も話し方も落ち着いており、DV加害者という悪印象は感じられない。
中村氏の指示に従い、参加者たちはホワイトボードを正面に、半円形にパイプ椅子を並べてすわる。まず、全員でストレッチをして体と心をほぐし、ゆっくりと瞑想する。
それから、匿名でお互いを呼び合い、自分が妻に行ったDVや、そこから別居や離婚の裁判に至った経緯、そして今感じていることや将来の不安を打ち明けていく。
このグループワークは、京都府の委託を受けた大学のプロジェクトが実施する加害者プログラムの一環として行っているものだ。2週間に1度、平日の夜に開催され、8回(4カ月)で1クールが行われる。
ただし、本人が希望すれば、2クール、3クールと連続して受けることも可能であり、妻子の要望でずっと参加しつづけている者もいる。
中村氏はグループワークについて次のように語る。
「僕は大阪で児童相談所とともに『男親塾』と称して虐待加害者の男性の支援や家族の再統合を行ってきました。家庭でDVが起きていても、大概の夫婦はすぐに別れるというわけではなく、様々な事情から家族を維持していかなければならないこともあります。
しかし、日本全体で見れば、DVをした加害男性を更生させるための事業は皆無に等しい。そこで京都府でも被害者支援の一環として、加害者を更生させる取り組みをしようということになり、2019年からこのグループワークがはじまったのです」
世間ではDVが違法行為であるという認識が広がり、被害者がそれを理由に離婚調停や慰謝料の請求をすることが一時代前に比べて増えた。
しかし、被疑者の中にはDVを受けていても、経済的に自立できないとか、子供に寂しい思いをさせたくないといった理由で、離婚に踏み出せない人も少なくない。やむなく夫婦関係を継続している人もいるのだ。
こうなると、その家庭で起きているDVを悪化させないためにも、今回のグループワークのように第三者が介入し、加害者の意識を変えさせる必要が出てくるが、容易いことではない。加害者本人が犯罪性を自覚していないケースが多いからだ。
中村氏は説明する。
「DVの加害者というのは、自分がしていることが正義だと思い込んでいる人が多いのです。彼らは必ずしも奥さんに憎しみを抱いて罵ったり、暴力を振るったりしているわけではありません。彼らなりに家庭を維持しようとしていて、そのために奥さんの欠点を見つけ、正そうとする。その方法がDVとして表れてしまっているのです」
男性がDVの言い訳として使うのが、「俺は無知で一人では何もできない妻を教育したのだ」とか「妻は普通の言葉で言っても理解しないから(強く言った)」といった上から目線の言葉だ。
彼らにしてみれば、自分は正しいことをしたという認識なのである。だからこそ、自分の過ちをなかなか認めようとしない。
中村氏はつづける。
「彼らがことの重大さを自覚するのは、奥さんや子供が出ていった後です。自分は正しいことをしていたと思っていたのに、ある日突然奥さんが子供たちを連れて実家へ帰ってしまったり、離婚調停を起こされたりする。
この時初めて自分が奥さんにDVをしていたと気がついて反省し、なんとか自分を変えて反省の意を示そうとしてグループワークに参加するのです」
彼らは配偶者を憎んでいるわけでも、離婚したいわけでもない。だからこそ、夫婦関係が壊れることを恐れ、自分を変えなければならないと考えを改めるのだ。
遅きに失した感があるが、逆に言えばそうした事態になるまで気がつかないというのが現実なのだろう。
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更新:10月09日 00:05