Voice » 「健康経営」より生活実感を
2023年09月06日 公開
2024年12月16日 更新
――最近では社内の喫煙者を白眼視するだけでなく、喫煙者を採用しないという企業もあります。他方で、喫煙の自由を守ることは従業員のウェルビーイング(心身両面での充足感や幸福、良好な状態、クオリティ・オブ・ライフ、ロハスなどさまざまな意味で語られる)に資する、とはいえませんか。
【大脇】ウェルビーイングについてはよく知らないのですが、たばこを吸うことは健康以外の価値観に基づいている、と私は見ています。平たくいえば、喫煙は文化だということです。かつてはたばこを吸うのが「一人前の男」の証で、大半の成人男性が喫煙者でした。あるいはちょいワルを見せるための道具や、おしゃれの意味合いでたばこを手に持つこともある。
たばこを文化的記号としてきた歴史は消せないし、そもそも健康とは無関係のレベルの話です。ただし、認知症やパーキンソン病の緩和に効果が見られた、という報告も一部にあります。
――ストレス軽減という意味では、たばこは「心の松葉杖」という人もいます。
【大脇】私もそう思います。健康のために松葉杖を奪ったら、人間は歩けなくなるわけですから。コロナ自粛のころ、外でお酒を飲めなくなったのと関係あるかどうかはわかりませんが、家庭内暴力が増加しました。それほど人間の生活は多くの面があるわけです。健康と病気を一つの要素で理解しようとするのは、さすがに物事を単純化しすぎでしょう。
健康経営について、予防効果はないし、個人の生活を犠牲にするのもよくないと話してきました。健康的ではないから、という理由で従業員を切り捨てるのも賛成できません。
たとえば早く始まった認知症や発達障害の社員を抱えるような場合に、実際には仕事ができるのに「おそらく無理だろう」と周囲が決めつけていないか。丹野智文さん(39歳で認知症と診断された営業マン。著書に『認知症の私から見える社会』など)は、認知症があっても工夫して働いていることを書いています。
少子高齢化が進むなか、病人や老人をうまく使えない社会は持続不可能だと思います。「どんな仕事ならできるか」を考えるのが、経営者や管理職の仕事。医師は治せるものなら治すのが一番ですが、休職したい社員のために診断書を書くとか、医師の裁量として許されるかぎり、状況に合わせて柔軟に振る舞ってほしいと思います。
ご承知のとおり、日本企業はプレゼンティーイズム(健康に問題があり、生産性が低い状態なのに出勤すること)の度合いが強い。経営者が「出社することに価値がある」と評価しているからです。だから多少、体調が悪くても我慢して出社してしまう。こうした行動から感染症が広がりやすい、という話が『ランセット』のような世界的な医学誌にも載っているのですが。
かくいう私も「医師は代えが利かない」と思い、無理に出勤してしまう。それは本来、組織に問題があるんです。一人が病欠しても余裕で仕事を回せるぐらい、バッファ(緩衝)のある人員の組み方をしなければいけない。
バッファのある職場とは、暇な時間がある職場のことです。各人が何をやっているのか不明な、グレーな時間が認められていること。たとえばたばこ休憩で少し机に向かう時間が減っても、誰も気にしないくらい暇であること。いざというときほかの人の仕事をカバーできるように、人と時間をスペア(予備)として確保しておく必要があります。
経営者の発想は往々にして逆で、人も時間も目一杯、使い尽くそうとする。だからちょっとしたトラブルで混乱が起こり、かえって生産性が下がってしまう。
働く人の活力や生産性を高めるには「遊び」が必要です。たばこ休憩くらいで目くじらを立てても大した得にはなりません。たばこを信念で吸っている人にいくら禁煙を促しても、反発に遭うだけです。
――最近は大上段にたばこを咎めるのではなく、ナッジ(肘でそっとつつくように本人に知らせる)という手法もあるようですが。「君のためにならないよ」と。
【大脇】正直、浅知恵という印象ですね(笑)。他者への強制をそうとは見えないように装う態度は、ステルスマーケティング(第三者の意見を偽装した広告)みたいなもの。
――おためごかしではなく、人間心理を深く知らないといけない。
【大脇】山本五十六(海軍大将)ではないけれども「褒めてやらねば、人は動かじ」。「君にはこんな欠点があるから、直したほうがいい」というお節介は、マイナスでしかありません。ウェルビーイング経営というものがあるとしたら、「健康」よりも社員一人ひとりの「生活実感」「人生において何を大事にしているか」をつぶさに見るしかないでしょう。
更新:04月03日 00:05