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10代の頃から詰将棋の問題づくり...谷川十七世名人と藤井竜王・名人の「強さの共通点」

2023年06月06日 公開

谷川浩司(将棋棋士/十七世名人)

谷川浩司

いま、将棋界が熱い。その中心にいるのは、やはり藤井聡太竜王・名人(王位・叡王・棋王・王将・棋聖と合わせて七冠)だ。先の渡辺明氏との名人戦で名人を奪取し、谷川浩司十七世名人がもつ最年少記録を塗り替えた。現時点(2023年6月)で、8つのタイトルのうち7つを保持。永瀬拓矢氏がもつ王座を獲得しての前人未到の八冠達成にも期待がかかる。 

藤井竜王の強さはいったいどこにあるのか、歴戦の棋士たちの思考法とは。「光速の寄せ」の異名をもち、還暦を迎えたいまも現役で活躍する谷川十七世名人に、藤井竜王の名人挑戦時に取材した記事をあらためてお届けする(※棋士の呼称は取材当時)。
<聞き手:Voice編集部(中西史也)写真提供:日本将棋連盟>

※本稿は『Voice』2023年5月号より抜粋・編集したものです。

 

問題をつくる側に立つことで生まれる創造性

――ここ数十年の将棋の歴史を振り返れば、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、谷川十七世名人、羽生善治九段(十九世名人・永世七冠)、そして藤井聡太竜王など、一時代を築くトップ棋士たちが牽引してきました。それぞれの「天才」のタイプの違いについて、どうお考えですか。

【谷川】大山先生が活躍された1950~80年までの将棋は、「人間による勝負」の側面がいまよりも色濃かったですね。相手の表情や挙動を見極め、ミスを誘導する。大山先生はそんな卓越した勝負術を駆使していました。昭和の当時はいまのようにAIソフトもなかったので、人間同士の対局や研究によって実力を高めるほかありませんでした。

平成以降は徐々にコンピュータソフトの技術が高まり、現在はAIでの研究が当たり前になっています。その分、事前研究の重要性が増し、盤外の駆け引きの要素は薄れている。いまは相手のミスを期待する棋士はほとんどいなくて、むしろ純粋な読み合いとしての将棋のあり方に近づいている気がしますね。

――谷川十七世名人といえば、終盤に相手の王を詰ませる「光速の寄せ」の異名をおもちです。この強みはどのようにして培われたのでしょうか。

【谷川】10代の頃から詰将棋(与えられた局面に基づき、連続して王手をかけて詰める将棋)の創作に勤しんでいるからでしょうか。終盤の力を高めるために詰将棋を解く人は多いのですが、問題をつくる側の人間はそう多くありません。

問題を創作するには、攻め方の配置、玉方(守る側)の配置、持ち駒など、解くよりも数段複雑な思考が必要です。頭のなかであらゆるパターンをシミュレーションすることで、将棋の想像力(創造力)やひらめく力が養われていくのです。

棋士のなかでも、詰将棋をつくるのが得意な人は全体の1割程度ではないでしょうか。藤井さんも小学生の頃から詰将棋の創作をしていたようで、私は彼の師匠の杉本昌隆八段から、藤井さんの詰将棋づくりについて相談されたこともあります。藤井さんの優れた終盤力の一端は、詰将棋の創作によって培われたのでしょう。

――出題する側の立場に立てば、解く際にも問題の意図をより的確に理解して詰みにたどり着けそうです。

【谷川】ええ。同じことは教育にもいえると思います。たとえば「一個100円のりんごを1つ、一個50円のみかんを2つ買ったら合計いくらになるでしょう」と解かせるだけではなく、「一個100円のりんごと一個50円のみかんを使って問題をつくりなさい」と自由に考えさせてみる。

解答は1つではなく、考える人の数だけそれぞれの答えが生まれます。やや上級者向けの手法ではありますが、子どもたちに想像する余地を与えることが重要です。

 

最終的に局面を切り拓くのは直観

――では谷川十七世名人は後輩棋士を指導する際、詰将棋の創作を推奨されているのですか。

【谷川】じつはそこまで勧めていません(笑)。詰将棋自体は基礎的なトレーニングとして有効ですが、問題づくりにのめり込みすぎるとほかの研究が疎かになってしまいますから。

AIソフトによる研究が急速に進んでいるいまは、むしろ序盤の研究を重ねるほうが勝ちにつながりやすいかもしれない。研究の優先順位を意識しながら、詰将棋の問題づくりは気分転換程度に考えておくのが賢明なのでしょうね。

――詰将棋の問題をつくることで、AIでは得難い創造性が養われる側面もあるように思います。

【谷川】そうですね。実際AIソフトはまだ、終盤の詰みを読むことはできても、芸術的な詰将棋の問題を創作する域には達していないと聞いています。どの研究にどれほどの時間と労力をかけるかは、自分の強み・弱みを見極めたうえでのバランスの問題でしょう。

――佐藤康光九段(日本将棋連盟会長)は以前、弊誌の取材で、AIが全体として対局の質を向上させたことは間違いないが、「妄想」の機会が減ったことで飛び抜けて良い指し手が生まれにくくなっている、と述べられていました(『Voice』2022年8月号「将棋を創造するのは人間の棋士だ」)。この点について、谷川十七世名人はどうお考えですか。

【谷川】佐藤さんの懸念はもっともで、よくわかります。一方で、自分たちがかつては常識だと思い込んでいた指し手がじつは違っていたなど、AIには将棋の新たな可能性を広げてくれる面もあります。

私はサイン色紙によく「守破離」と書くのですが、まずは基本を守って、然るべきタイミングでそれを打ち破り、離れて自分の境地を築き上げる、そうした段階を踏むことが大切だと肝に銘じています。

基礎から離れる様を言い換えれば、「遊びの境地」に達することです。前例のない局面に直面したときに、いかに自分の頭で考え抜けるか。AIソフトの利便性は活かしつつも、最終的には自分なりの直観に基づいて局面を切り拓いていくしかないのです。

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