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谷川浩司十七世名人「藤井竜王・名人はAIを超える手さえも指す」

2023年06月02日 公開

谷川浩司(将棋棋士/十七世名人)

谷川浩司

いま、将棋界が熱い。その中心にいるのは、やはり藤井聡太竜王・名人(王位・叡王・棋王・王将・棋聖と合わせて七冠)だ。先の渡辺明氏との名人戦で名人を奪取し、谷川浩司十七世名人がもつ最年少記録を塗り替えた。現時点(2023年6月)で、8つのタイトルのうち7つを保持。永瀬拓矢氏がもつ王座を獲得しての前人未到の八冠達成にも期待がかかる。 

藤井竜王の強さはいったいどこにあるのか、天才の思考法とはどういうものなのか。「光速の寄せ」の異名をもち、還暦を迎えたいまも現役で活躍する谷川十七世名人に、藤井竜王の名人挑戦時に取材した記事をあらためてお届けする(※棋士の呼称は取材当時)。
<聞き手:Voice編集部(中西史也)、写真提供:日本将棋連盟)>

※本稿は『Voice』2023年5月号より抜粋・編集したものです。

 

最年少名人の記録は更新されるか

――藤井竜王が名人への挑戦権を獲得しました。谷川十七世名人がもつ最年少名人の記録を藤井竜王が更新する可能性について、どうご覧になりますか。

【谷川】勝負の世界ですから、個別の対局の結果がどうなるかはわかりません。ただ、藤井さんの実力・実績に鑑みれば、名人を奪取してもまったく不思議ではないでしょう。今年2月23日に実施された第16回朝日杯決勝で藤井さんは、渡辺名人を下して優勝しています。3月19日の棋王戦第四局でも渡辺さんに勝利し、タイトルを奪取しました。

私のもつ最年少名人の記録が破られる可能性があるわけですが、自分の実績が塗り替えられることに複雑な気持ちは正直ありました。でも最近は、これだけの実力と人気を兼ね備えた藤井さんであれば、むしろ破られて光栄なのではないかと考え方が変わってきましたね。

――藤井竜王と渡辺名人の対局の相性についてはどう考えていますか。

【谷川】藤井さんは全対局の勝率が8割を超えていますから、どの棋士にとってもきわめて手強い相手であることは確かです。そのうえで渡辺・藤井の対戦成績は、藤井さんが16勝3敗と大きく勝ち越しています。

年齢は渡辺さんが38歳、藤井さんが20歳と、将棋の世界では二世代近い差があり、タイトル戦への思いや戦い方に少なからず違いがあるはずです。渡辺さんとしては対戦成績での後れを乗り越え、いかに自分を奮い立たせられるかが鍵になると思います。

――A級順位戦では藤井竜王のほかにも、プレーオフを戦った広瀬八段(36歳)や豊島将之九段(32歳)、永瀬拓矢王座(30歳)、菅井竜也八段(30歳)など、30代の実力派棋士の層も厚いですね。

【谷川】ええ。現在のA級で20代は藤井さんと斎藤慎太郎八段(29歳、4月で30歳)だけで、藤井さんは突出して若い。今後も大舞台では、30代のトップ棋士との対局が中心になるでしょう。豊島さんは藤井さんとの対局初戦から6連勝して「藤井キラー」と呼ばれていましたが、現在は藤井さんが勝ち越しています。

――谷川十七世名人の著書『藤井聡太はどこまで強くなるのか』(講談社+α新書)を読んで興味深かったのが、渡辺名人の次は豊島九段の時代が訪れるかと思ったら藤井竜王がそれを飛び越えてしまった、というご指摘です。それだけ藤井竜王はイレギュラーな存在だということでしょうか。

【谷川】藤井さんは10代の頃からずっと最前線で活躍していますから、紛れもない逸材です。その上の世代の立場に立てば、棋士として脂が乗る20代後半から30代のうちに実績を残しておきたい気持ちが強いでしょう。

その時期を過ぎると、新しい感覚をもつ若手の勢いに呑み込まれてしまうかもしれない。現在の30代のトップ棋士にとっては現在が正念場だといえます。

――谷川十七世名人は14歳でプロ入り後、21歳2カ月で最年少名人の偉業を達成し、将棋界を牽引されてきました。自身が20代だった当時の状況をどう振り返りますか。

【谷川】20代前半までは、中原誠十六世名人をはじめ上の世代との対局が中心でした。20代後半に入ると、「羽生世代」(羽生善治九段〈52歳〉を中心としたトップ棋士)が台頭してきて、30歳を過ぎてからはタイトル戦のほとんどがその世代との対局でした。

現在の30代の強豪棋士たちは当時の羽生世代に引けを取らない実力があると思いますが、藤井さんという傑出した存在によって、タイトル戦では苦戦を強いられている状況ですね。

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